第29話お前のその血は本物の血か?

すぐに訓練に入った。リュウはまず、自分の部屋にあり、毎日一度は必ず触るものを思い浮かべろと言った。しばらく考えてから「目覚まし時計でいいですか」と訊いてみた。


「それならいいだろう。よし、じゃあ……始めるぞ。まずは手の上にそれがあるとイメージしてみろ。色は何色だ? 重さはどのくらいだ? デザインは? 数字の事態や形は? スイッチ類はどこに何個ある? 匂いは? 感触はどうだ? ……いいな、そこにあると信じるんだ」


 目に力を入れ、奥歯を噛みしめ、右の手のひらを凝視した。毎朝の光景を思い出し、電子音をひたすら止めてきた右手のあの感触を思い浮かべた。


数分後、僅かに空間が歪み、頭の中にあった目覚まし時計がそこへ現れた。


「で、できた……」


 笑顔で振り返ると、リュウは驚いた顔をしていた。


「できた……すごい、部屋にあるのと同じだ」


「……思ったよりも早くできたな……お前、素質あるぞ。これなら早そうだ」


それから数時間、リュウが言う物を即座に想像し、具現化する訓練が続いた。途中、見える範囲内の至る所に雪山や大海原や高層ビル群などが現れては消えた。そのような〈第二夢層〉の構造についても同時に学んだ。

ここで死んだら身体は一生植物人間になってしまうことも。


想像で作り出すものが、生活用品から物騒な武器に変わった頃、遠くの空に赤い点が二つ現れた。初めは気にしていなかったが、ぐんぐんとこちらに向かってくるので、さすがにリュウに言った。


「あの、あれなんですか? こっちに来てるやつ」


 ふり向いたリュウは「シャドだ。敵だぞ、構えろ!」と叫んだ。


「え、ええ?」とアオイはその場であたふたし、持っていた拳銃を胸の前で抱えて固まってしまった。全身から汗が吹き出し、急に手と膝が震えだした。


 いつ出したのか、日本刀を構えたリュウは猛スピードで向かってくる一匹目のシャドを蹴り飛ばし、二匹目を一太刀で切り伏せた。二つに切れた身体は地面に落ちる前に砂となって宙に舞う。


蹴り飛ばされたシャドが起き上がり、アオイに向かってきた。助けを求める視線をリュウに送ったが、彼はアオイの顔をしっかりと見返しながら、ゆっくりと刀を鞘に納めた。


「お前の敵だ。お前が倒せ」


 第二夢層で死んだら、現実の世界でも植物人間になってしまう……それはもう死ぬのと同じだ。冗談じゃない、と思ったが、リュウの顔は冗談を言っているようには見えない。


覚悟を決めてアオイはシャドに向き直った。距離はまだある。銃を構え、深呼吸し、引き金を引いた。乾いた音が数回響くも、弾は当たらなかったようだ。そもそも弾丸まで構築出来たのかが疑問だった。


「集中しろっ!」


 リュウは腕を組み、厳しい表情だ。


――――まだ訓練途中なのに、無理に決まってるじゃん……。


心の中で愚痴ってから再度向き直ると、シャドはぐんとスピードを上げ、すでに目前まで迫っていた。


「ひっ」

 

引き金を引く前にシャドの腕が振り下ろされ、アオイは縮こまるようにして避けた。だが次の一撃は避けきれず、左腕から鮮血が飛び散った。


「う……ぐう、いった……」


抑えた右手もあっという間に赤く染まった。頭から血の気が引き、恐怖が胸の奥から全身へと広がってゆく。気付けば握っていた銃は消えていた。


「リュウさん、助けて! 無理です!」


 目に涙を浮かべて助けを乞うアオイを、リュウは「だめだ」と固い声で断った。


「どうして――――」


 そう言いかけた時、右頬に強烈な一撃が入り、アオイはその場に崩れ落ちた。瞬間、音が無くなり、意識が飛びかけた。シャドはうずくまるアオイの首を掴み、持ち上げた。足は地面から浮いている。


「げふ……」


 首を絞められ呼吸をしようとしても、喉に溜まった血がごぼごぼと音を立てるだけだった。

 アオイは顔の半分を血で真っ赤に染め、力の入らない手足をだらりと垂らしながら、口だけがパクパクと微かに動いている状態だった。


死ぬ……


 消えゆく意識の片隅でそう思った時、声が聞こえた。


「思い出せ、よく考えろ。お前のその血は本物の血か? その痛みは本物の痛みか? その苦しみは本物の苦しみか? ……さっき教えたはずだ。第二夢層で生き抜くには何が一番必要かを」


 ――――鉄の意志。


 アオイの頭にリュウの声が蘇る。『ここでは想像力がモノを言う。理論上では、何事にも動じなければ無敵にもなれるってことだ』


 (そうだ、私の想像力が強ければ、私の思い通りに……)

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