第25話〈ホテル・桃源台〉
リュウに連れてこられた場所は、温泉地として有名な山間の街で、数ある宿泊施設の一つ、アトランティカグループが経営する〈ホテル・桃源台〉の地下施設だった。
そしてそこの研究室と洞窟が一体となった奇妙な空間で、アオイの目の前に座っている老人こそ、アトランティカグループの会長、ウエムラ ショウゾウその人だった。ぽつんと置かれた革張りの長椅子で数枚の書類に目を通している。
ウエムラは風呂から上がったばかりのようで、濡れた身体にそのままガウンを着ている格好だった。向かい合っている二人の傍には、リュウと、少し離れた場所に二人、ウエムラと同じく濡れた髪にガウンを羽織った男性と、彼の腕に包帯を巻いている女性がいるだけだった。
「おう、レイイチ。どうした、その傷」
リュウの一言に包帯を巻かれていた男性が顔を上げた。男性は二十代後半くらいで、均整のとれた顔つきをしていた。スーツを着たらホストみたいだとアオイは思った。
「ちょっと〈構築師〉にやられてね。リュウこそどしたの? そんなところに一撃食らうなんて」
レイイチの言葉に、アオイは少しの罪悪感を覚え、思わず下を向いた。
「ぶつけたんだよ……車に」
少し語気を荒げたリュウにレイイチは「なんで怒んのさ」と不満そうな声を出した。
「ニノミヤ アオイ……大きくなったな。なるほど、よく似ている。目元などそっくりだ」
ウエムラのその一言で、リュウとレイイチはぴたりと黙った。
テレビで見たことのある人が、自分の名前を口にしていることがアオイにはおかしなことに感じられた。そのせいで言っていることの内容が深く頭に入らなかった。アオイは反射的に返事をした。
「誰にですか?」
ウエムラはじっとアオイを見据えている。
「ニノミヤ タダノブ。君の父親だ」
その答えにアオイは目を見開いた。まさかここで父の名前を聞くとは夢にも思わなかった。
「彼は長年、私の助手をしていた。まだ君が小さかった頃、私は何度か研究室で君と会ったことがあるんだよ」
ウエムラを見ながら、アオイは一つしかない父の記憶を思い出していた。それは母が亡くなった後、まだ幼いアオイとハルキを施設に預けて去ってゆく後ろ姿だった。
「……何の研究をしていたんですか?」
「夢の研究だ。……何も知らないんじゃ話にならないな。初めから説明しよう」
ウエムラは背後を振り返って、洞窟の湿っている壁を指差した。
「白い宝石が見えるか?」
アオイは目を細めた。薄暗いので気付かなかったが、よく見ると岩肌に沿って、まるで血管のように白い宝石が細く走っていた。「触ってみなさい」の一言で、アオイは岩肌の前へ移動した。触ってみると固かった。
「宝石の、原石が何かですか」
ウエムラは一呼吸置き、「それはな、宝石ではなく、ある特殊な植物の根なのだ」と言った。
「植物? これがですか」
アオイは驚いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます