第23話この子はアイレン、私の娘よ。

オリビアの家は大通りから一本入った静かな住宅街にあった。茶色の土壁には野菜の葉が顔を覗かせ、精巧に加工された石の柱が木製の玄関扉を飾っている。家が緑で覆われている様は、童話の世界のようで、ハルキは一目見てこの家を気に入った。

門から玄関までは小さな庭があり、背の低い〈ノボ〉という赤い実をつけた木が数本植わっていて、その脇を細い水路が走っている。水路の中には二匹の黄色い水トカゲが泳いでいた。

 

家の中は吹き抜けの二階建てで、円形をした一階に食卓や水場やかまどなどが集められていた。壁には鮮やかなガラス石で縁取られた窓がたくさんついており、至る所に干し肉や収穫された野菜などがぶら下がっている。


壁に這うようにして昇ってゆく小さな階段は、剥き出しの二階へと続いてゆく。白い壁には棚がたくさんついていて、分厚い書物や糸の束、なめした動物の皮に油紙で蓋をされた焼き壺などが無造作に置かれていた。


二階は寝室が二つと物置部屋、壁はなく色とりどりの数枚の布で仕切られていた。夕飯の支度をするからそれまで待っているようにとオリビアに言われ、ハルキは二階の寝室に案内された。


ふと上を見上げると、天井は高く、人ひとり通れるほどの穴が開いていた。そこから屋上でゆっくりと回っている風車が見える。白い羽が一定のリズムで穴を塞ぎ、満天の星で着飾った夜空がその合間に見え隠れする。その穴からは風車に連結している鎖が三本ほど下の階へと伸びていた。天井に穴が開いているのに、家の中は暖かかった。


「君、だ、だれ?」


 振り向くと部屋の仕切り布から、ハルキと同じ年頃の少女が覗いていた。肩までの黒髪に寝癖がついていた。今起きたような表情で、しかしその目には警戒の色が浮かんでいた。


「ああ……えーと……」


 何と説明したらいいのか、ハルキが困っていると下の階から「アイレン、起きたのー?」とオリビアの声が響いた。少女はハルキから視線をそらさずに返事をした。


「僕はハルキ。君は?」


 ハルキは相手に受け入れてもらえるよう、努めて笑顔で自己紹介した。これは施設で暮らすうちに身に着いた癖のようなものだ。


「……ア、アイレン」


 名乗ってくれたが、まだ目つきがキツイ。半身は布で隠れたままだった。オリビアが二階に上がってきた。腕まくりをし、手は少し濡れている。下からは美味しそうな匂いが漂ってきた。


「この子はアイレン、私の娘よ。年はハルキ君と同じだと思うわ。仲良くしてあげてね。アイレン、ハルキ君よ。今日から一緒に住むの。挨拶は?」


 アイレンは恥ずかしそうにオリビアの後ろに身を隠しながら、「今したよー」と口をとがらせた。


 三人は一階の食卓に下りて、夕食を食べた。甘い芋を生地に混ぜて窯で焼いたもちもちのパンや、ピリ辛のたれに付け込んだ骨付きの鶏肉を炭火焼きにしたもの、大きな白身魚の煮つけや刺身に似た料理など、食卓からはみ出さんばかりの量だった。


「いっぱい食べてね、ハルキ君。今日はお祝いよ」


 味は現世のものと似ていて、とても美味しかった。

食べていると、胸の奥にずっと居座っていた緊張がほぐれてきて、食後に用意された花の香りのするお茶を飲むころには、我が家にいるようにくつろげるようになっていた。


食事中、アイレンは一言も話さず、黙々と食べるハルキをちらちらと見ていた。視線は先ほどまでの警戒心から、いつのまにか好奇心に変わっていた。

その様子をオリビアは微笑みながら見守っていた。

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