第22話精霊って……霊? 魚の?

見上げると白く光るエイが大群で空を泳いでいた。何百という数が空を覆い、あちこちで驚きの声が上がっている。二階建ての屋根の高さまで下りてくる個体もいて、真近でその様子を見ることが出来た。

一匹の大きさは五メートルほどもあり、目や口などは無かった。身体は透き通っていて、まるで光そのものが身体を構成しているようだった。


「すごい……こんなの初めて……」


 傍らに立つオリビアも目を丸くして空を見ていた。


「あれ……は、なんですか?」


「〈精霊種〉よ。こんな大群、遥か上空に行かないと見られないのに。一体どうしたのかしら……」


「精霊……って霊? 魚の?」


 ハルキは驚きの声を上げた。


「魚だけじゃないわ。彼らは様々な姿形をしている。そして、あらゆるものをすり抜けることが出来るの……。向こうから私たちに近づいてくることは無いけど、もし少しでも触れたら、魂を持っていかれるから気を付けるのよ」


「え、それって……」


「そう。死ぬってこと」


人々の声が一際大きく上がった。再び上空を見上げると、エイの群れの後に、六つのヒレを持つ、巨大な光るクジラが現れた。とてつもない大きさで、ひとつの山が迫ってくるような迫力だ。


「ケートス……」とオリビアが小さく呟いた。


「〈精霊種〉の王よ。……実在したのね」


 ケートスは二人の頭上をゆっくりと通過した。その後ろには様々な形の小さな〈精霊種〉たちがたくさんついてゆく。〈精霊種〉の群れは五分ほど続き、そこから見る景色はまるで海の底に立っているようで、ハルキのみならず、通りにいた全ての人々が、その美しさに魅了されていた。


 最後の一匹が分厚い雲の中へ消えるまで、二人はその姿を見上げていた。やがて通りも動き出し、ハルキはオリビアに手を引かれ、再び人の流れに入っていった。


屋台が並ぶ裏側は住宅街になっていて、円柱状の二階建ての家がずらりと並んでいる。マジェラの家々は、初めて見る不思議な形をしていた。キノコみたいだ、とハルキは思った。

どの家も土壁にいくつもの細長い鉢がぐるりと固定され、そこから食用の野菜が生えている。こうすると食糧も取れ、室内の寒さも和らぐそうだ。屋上にはらせん状の風車が回っていて、まるで白い花が咲いているようにも見える。風車は主に、街中に走る水路から家の中に水を引き込む動力に使われる。それ以外にも暖房装置や機織り機などにも連結されている。


街中に車や自転車などはなく、それらに変わるのは家畜だった。人の生活に取り込まれた生物は、ハルキのいた世界とほとんど変わりはなかった。マジェラにいるのは毛長牛、山羊、豚、猫、羊、犬……いずれも親しみの湧く家畜ばかりであったが、どこか細部が微妙に違う、初めて見る種類が大半だった。馬ほどもある鳥や犬などハルキの知らない生物も時々目に入った。大きな荷車を引いた毛長牛の行列が正面から来たので二人は道の脇に逸れた。


「そういえば、他の人たちはどこにいるんですか」


 ハルキはふと思い出し、長い黒髪を風に泳がすオリビアを見上げた。


「助けられた〈ドリームウォーカー〉たちは、まずはマジェラ城内で生産の仕事に就くのよ。働きながらこの世界の事を色々学ぶの。稀に王都や他の街に移る場合があるけど……あ、勘違いしないでね、奴隷のような扱いはしていないから。彼らはミュンヘルの国民と対等の扱いを受けているわ。身体が丈夫だから自ら進んで軍に入る人もいる。エイルとリリーもハルキ君の世界から来たのよ」


「じゃあ……なんで僕だけ城の外にいるんですか?」


 ハルキが一番訊きたいことだった。


「……それはハルキ君が特別だからよ。いずれ説明してあげる。さあ、寒いから早く行きましょう」


 それきりオリビアは口をつぐんだ。ハルキにはオリビアが、どう説明したものか困っているようにも感じられた。

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