第21話〈星の子供たち〉

二人は屋台の脇の長椅子に座った。〈モラ〉は驚くほど美味しかった。カリカリの表面をかじると、中からスパイシーな挽肉と熱々の肉汁が溢れてきて、ハルキはあっという間に平らげてしまった。身体の奥がぽかぽかしてきて、ひと時の間、寒さを忘れることが出来た。それを見ていたオリビアは「身体は大丈夫そうね」と呟いた。


 目の前を行き交う人々のほとんどは、獣の毛で編んだ貫頭衣の上に、ふわりとしたコートを着込んでいる。コートは白を基調とし、そこに鮮やかな色合いの模様が入っているのが主流だった。

聞けばそれは〈サロテ〉というこの国に伝わる民俗衣装で、その芸術性の高い刺繍は周辺諸国に高値で売れるため、貴重な収入源だったらしい。しかし今は戦時中のため、安定供給が出来ないとのことだった。

 

〈モラ〉を食べ終わり、大通りをしばらく歩いたところで、前方から歓声が上がり、人垣が割れた。現れたのは鉄の鎧を身に着けた兵士の一団だった。

三つの三日月と波の旗が、彼らの頭上でいくつもはためいている。南の王国、パルティアの兵団だとオリビアに聞かされた。すらりと背が高く、色白のミュンヘル人に比べて、パルティアの民は浅黒く小柄だった。だが揃いもそろって筋骨隆々、歩く姿から自信が漲っている。


「この国が最前線だからね。他の連合国の軍もたくさん入ってきてるのよ。街は戦争特需で盛り上がってるけど、戦地はひどい有様……ハルキ君もよりによってこんな時に……いえ、違うわね。こんな時だから、よね……」


 何の話かハルキには分からなかったが、オリビアは一人勝手に納得して、比較的人の少ない屋台の裏の道へと足を進めた。


東側の彼方に山脈が見えた。山の稜線は屋台や住宅に隠れてしまっていたが、〈それ〉の巨大な姿はハルキの瞳にしっかりと映っていた。〈それ〉とは常識を軽々と吹き飛ばすほどの巨大な生物の化石だった。六本の足は山と同じ高さまで伸び、胴体と頭部は雲で霞みながらも圧倒的で、今にも動き出しそうな存在感を放っていた。シルエットは象に似ている。


あまりにも大きいため星が産んだと言い伝えられていて、それゆえに〈星の子供たち〉と呼ばれているとオリビアが教えてくれた。世界中に何体も同じような化石が点在しているという。


「あんな大きな生物が太古の大地を歩いていたなんて、とても信じられないわよね」


 その圧倒的な存在感は、別世界からそこだけ切り取ってきたかのように不自然だったが、じっと見ていると吸い込まれそうな神々しさも醸し出していた。


「あ、ちょっとまって。石屋にも寄りたいの」


 オリビアの手に引かれ、連れて行かれた店は、周りの出店とは違い、屋根のある立派な建物だった。店内に入ると、斜めに置かれたたくさんの木箱の中に、色とりどりの宝石が売られていた。

背の低い太った店主とオリビアは知り合いのようで、カウンター越しに話し込んでいる。少し退屈だったハルキは店内の石を見て回り、おもむろに黒い石が入った箱の蓋を開け、一粒を指で摘まんだ。米粒ほどの小さな欠片だったが、店内の照明を反射して、力強い光を放っていた。


「おい、小僧! ばか、破石を素手で持つ奴がいるか! 早く元に戻せ! いいか、そっとだぞ、そっと……」


 店主の必死の形相に驚き、ハルキは石を言われた通りに静かに戻した。その間、オリビアも強張った表情のまま動かなかった。


「ごめんなさい、フライオ。あの子〈ドリームウォーカー〉なの」


「……ああ、なるほど。来たばかりか?」


「ええ、ついさっき。私が預かることになって」


 オリビアはフライオと話しながらハルキに歩み寄り、その頭にやさしく手を置いた。


「ご、ごめんなさい」


「ううん、こっちこそごめんね、ハルキ君。何も説明しなかった私が悪いわ。これは破石と言って衝撃を与えると爆発する石なの。たった一粒で手なんか軽く吹っ飛んでしまうわ」


 その説明を聞いてハルキはぞっとした。よく見れば箱の傍らに、綿のついたピンセットが置いてあった。


「……まあ、思いっきり叩きつけねえと爆発しないけどな。いやあ、焦った。誰もそのままつかんだりしねえからよ。小僧、見かけによらず度胸あるな」


 そう言ってフライオは豪快に笑った。


 フライオに別れを告げ、店を出ると通りが騒がしい。ほとんどの人が空を見ている。

 

(なんだ、あれ……)

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