第14話君の保護要請が出ている

「えっ」と言ったきり、アオイは改札を出たところで思わず立ち止まってしまった。三路線が乗り入れている大きな駅だから利用客は多い。朝の通勤ラッシュなので十数台ある改札は常に人が流れていて、その前で立ち止まっているアオイに数人が怪訝な視線を寄越した。


 悪い予感は当たるもので、ハルキはあの日曜の夜に新型ナルコレプシーを発症した。アオイの通っている高校でも三人ほど発症していたので、実感の無い遠い出来事ではなく、身近な脅威として捉えるようになっていた。その矢先のことだった。


すぐに市内の総合病院に運び、月曜は学校と予備校を休んで一日中ハルキのそばにいた。火曜、つまり今日から施設長の恵美子が看病してくれることになっていたが、今朝病院に行ってみるとハルキが病室から消えているとのことだった。病院側は新型ナルコレプシー専用の病院が設立され、そこに移されたと言うが、担当医が不在なため、情報が錯乱して場所が分からないらしい。


電話の向こう側で恵美子は「保護者に連絡しないなんて、これじゃ誘拐じゃないのよ」と息を荒げていた。

とりあえず隅の方に移動したアオイは「私も今からそっちに行きます」と告げた。


親が両方共いない現実は、こういう時が一番こたえる。本来ならば分散できる不安が全部一緒くたになって、アオイの心に重く圧し掛かるのだ。胸の奥が締め付けられる感覚に、アオイは無意識に眉を寄せた。


「大丈夫よ、こっちは私に任せなさい。辛い状況かもしれないけどね、あなたは受験生なんだから自分のすべきことをした方がいいわ。それにあなたがこっちに来たからってハルキが目覚めるわけでもないでしょうよ。集中出来ないかもしれないけど、それだって英単語の一個くらいは覚えられるでしょう?」


「……でも恵美子お母さんだって、他にやることいっぱいあるじゃないですか」


「そんなのはもう手配済みよ。子供が大人に気を使うんじゃないの。進展があれば電話するから」


 電話が切れた後も、そのままの格好で立ち尽くした。耳元でツーツーと響く電子音を聞きながら、アオイは地面が無くなってしまったような感覚を味わった。


誰かに肩を叩かれて俯いていた顔を上げると、クラスメイトの友人が手を振りながら通り過ぎて行った。アオイは力無く、手を振り返した。


 駅前のコンビニで昼食を買い、学校へ続く細い路地を歩いている時だった。


「君、ニノミヤアオイさんだね?」


 声のした方を振り向くと、スーツに薄手の黒いコートを着た刑事が一人と、その後ろに制服を着た二人の警官が立っていた。


「……はい、え? そうですけど……なんですか?」


 いきなり警官に囲まれて、アオイは何もしていないのに狼狽えた。


「神奈川県警の者だが、君の保護要請が出ている。急で悪いが車に乗ってほしい」

 

一瞬何を言われているのか分からなくてきょとんとしてしまった。


「保護って……なんですか?」


「詳しい話は車の中でする。悪いが時間がないんだ」


「はあ……」


 急な事で頭が真っ白だった。アオイは促されるまま、近くに停めてあったパトランプ付きの黒いセダンに向かう。

細い路地といっても通勤通学にも使われる道なので人通りはそれなりに多い。

いくつもの視線を背中に感じながら、アオイは車の後部座席に乗り込んだ。


刑事が運転席、制服の二人はアオイを挟むような形で席に着いた。

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