ドリームウォーカー

次元 騰一

第1話それは青く輝く太陽だった。

細い街道は緩やかな曲線を描き、その先は旧市街の礼拝堂へと続いている。街道の両脇には三階建ての石造り住宅が隙間なく並び、見上げると青く透き通った空が窮屈そうにしていた。


古い歴史を感じさせる異国の街道は、感謝祭の真っただ中で、道という道、窓という窓が住民で埋め尽くされていた。赤と黄色の旗が至る所ではためき、歓声が上がり、紙吹雪が舞い、色とりどりの風船が空を埋める。


毎回の事ながら、一体いつから自分がそこにいたのか、少年は知らなかった。

辺りを見回す。


路地の隅では老婆が菓子を持った孫の口元をタオルで拭っている。大きな黒い馬に跨って、黄色い蛍光ベストを着た警官は険しい顔で笛をピーピーと吹いている。酒に酔った若者四人が千鳥足で通りを横切り、歩道にはロープが張られ、その手前に人々が集まっている。


半数以上が手に酒を持っていた。

ほとんどの人間が笑顔だった。

街は幸福に包まれている。


とにかく少年はいつもどおりに歩こうと決めた。目的地は無かった。

歩いていればいずれこの街を抜け、違う場所に出るだろう。


少年には通りにひしめく人々をかき分ける必要が無かった。

人々の身体をすり抜けて歩けるからだ。歴史ある建物も、街灯も、駐車してある小型車も、すり抜ける。

誰も少年の事を気に留めない。

少年も、誰も自分に注意を払わないということに、疑問すら抱かなかった。


民族衣装姿で旗を振る一行とすれ違った時、気が付けば先ほどまで快晴だった空は薄紫色に変わっていた。街道を歩く人々に目を向けると、皆一様に肌が透け、向こう側のものが見えていた。


人だけではない。

建物も自らの輪郭をぼやかせ、消えようとしていた。

街全体が存在を否定されたように、ゆっくりと消えようとしている。騒々しかった喧騒も、誰かが音量を絞っているかのように少しずつ小さくなっていった。


やがてそこにあった全てのものが消えた。ただ一人、少年だけを残して。

後には荒涼とした赤い大地だけが残った。

まるで誰かの儚い記憶のような街を、そこに今まであったはずの街を、少年は後にした。


東の空に光源が一つ見える。それは青く輝く太陽だった。

少年はそこを目指すことにした。他に行くべき所もないし、数か月前に現れた謎の光に少し興味があった。

青い太陽は強烈な光を発しているが、目が眩むことも、視界に残光が残ることもなく、その姿を完全に確認することが出来た。

不思議な天体は少年を虜にした。


どのくらい歩いたのか、もしかしたら五分かもしれないし、五時間だったかもしれない。いずれにせよ少年に時間の感覚は無かった。


ふと顔を上げると、そこには巨大な氷塊があった。白く歪な断面は高層ビルのように高く、天まで伸びていた。左右共にそれが見えなくなるまで延々と続いている。行く手を阻まれた少年は氷塊に沿って歩き始めた。

右手を伸ばして、氷の壁に触れようとするが、少年の手は氷塊の中にすっぽりと入ってしまう。


少年は何の抵抗もなく氷塊の中をまっすぐ歩き続けることが出来るのを知っていた。先ほどの街と同じように全てのものをすり抜けて。

しかしあえて少年はその方法を選ばない。

視界が真っ白になってはつまらないからだ。


少年はこの不思議な夢を物心ついた時から見続けていた。

まるで起きている時のように意識もはっきりしているし、目覚めた後に夢の記憶が無くなる事もなかった。

それは世間一般の〈夢〉という概念とは少し違うものであった。


少年も自分の見ている夢は、他の人のそれとは違うと、何となく認識はしていた。もっとも、他人の夢を見ることは不可能なので、少年にとってそれはごく普通の事だった。

そのことをストレスに思ったり、不安に感じたりもしていなかった。

むしろ楽しみにしていた。

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