吉澤さんは帰りたい

１日目

暑さ照りつける8月上旬

我が代木南高校はとっくに夏休みに突入。

運動部は苦しみながら、文化部は趣味に没頭しながらそれぞれの夏休みを過ごしていた。

かく言う私は入部したその日に部活をやめた、いわゆる[帰宅部勢]なので、それはそれは有意義な時間を過ごさせていただいている。

両親は旅行に行ってるし、いつもうるさい弟も塾の合宿だかなにかでいない。

こんな最高な夏休みを過ごしてしまっていいのだろうか？

否、受験地獄を乗り越えたんだしこれくらい良いはず！

ソファーに寝転がり、CMで見かけたソーシャルゲームをインストールしている片手間にアイスを食べる。

まさに至福の時間である。

＿＿＿＿＿ｽ＿

…ふと声が聞こえた気がして顔を上げる。

きっとテレビの音だろうと自己完結し、再度スマホのダウンロード画面を眺める。

それにしても、このアプリ重くないだろうか。

あの大人気音ゲーの『歌のプリンセスさまっ♡』ですらこんな長くなかったのに…

＿＿ﾏ＿＿＿ｽ＿

……なんだか明瞭になった？

だが残念！オカルトの類は信じない主義なんだなぁ！

＿ｵｷ＿＿ﾉ＿ｽ＿＿＿

＿＿さま＿

先程とは違い明らかに聞こえる高めの声。

べ、別信じてるわけじゃないけど一応ね！？

知ってるんだから！！唯一幽霊を追い払うアホみたいな呪文知ってるんだから！！

バクバクと鳴る心臓の音を抑えるようにそこにあったクッションを抱きかかえる。

「なんとびっくりゆーとぴあぁあ！」

音がやんだ気がしてやっと心臓が落ち着いてきた。

無意識に力んでいたのか、顔にクッションを押し付けていたみたい。鼻頭痛いんですけど……

「…っざけんなこのやろーーう！！」

腹が立ったのでクッションともう溶けてるアイスを投げつける。

どうせ1人だから誰にも怒られないはず＿＿

「やかましい！」

「ぇっごめんなさい！？」

……い、いやいやいや！？反射的に謝っちゃったけど誰？

投げた拍子で起き上がっちゃったけど、ソファー以外我が家のものじゃないよね……？

よく見たらここ……洋物のお城？

いやいや、そんなの映画でしか見たことないって！

「＿＿あぁ、勇者よ。」

不安や不審に思う心を溶かすようにふと香る、柔らかい花のようないい匂い。

そして目の前で靡き輝く黄金の長い髪。

人形のように異様に整った顔に、病気を疑う程細い体

「我らが救世主よ、アルドラの民と共にお待ちしておりましたわ。

さあ、勇者よ。魔王を倒し、この国を救うのです＿＿」

……そして、ついさっき見かけたこのセリフ。

現実的なことを考えるならば…

お母さん、もしかしたら私の頭はおかしいのかも知れません。