極星の神器霊装《アストラル》

桃原悠璃

序章 始まりの契約

迷宮 Ⅰ

「あぁ、くそ。暑い……」


 八月初め、高校二年の夏休みに入って暫くの事。

 今にでも焼き殺さんと天高く輝く太陽のせいで、今日は一段と温度が高く蒸し暑い。

 その中を秋月緋色あきつき ひいろは歩いていた。

 通常ならばエアコンの効いた涼しい自室で、VRMMORPGでもして不健全に遊んでいるが、今日はそうもいかなかった。

 何故か、その理由を説明するならば単純に一行程度で事足りる。

 家を追い出されたのだ。

 誰に、と聞かれれば緋色の父親だ。


 家を追い出されるまでに様々な過程を経て居るが、ざっくりと説明すると。

 彼は所謂不登校児である。

 高校は通信制の為、さほど登校をせずともレポート類さえこなしていれば進級はできる。

 いずれはそうして高校を卒業し、適当に働いていけばいいかと考えていたが、その見通しが甘かった。

 家を出ずバイトもせず日がな一日ゲーム三昧、健康に長生きをする祖母の優しさに甘えお小遣いを貰い、その金でまた遊びほおける。

 そんな立派な親泣かせに、いよいよ限界を迎えた父は爆発。

 最低限の荷物を持たされ勘当されてしまったのだ。


「これからどうするか……」


 財布の中を確認すると、万札が一枚に五千円札一枚、後は小銭が多少。

 家に戻ることは出来ない、泣いて土下座をして許してくれるほど彼の父は甘くないのだから。

 そもそもあの父が今の今まで引きこもりを黙って見過ごしてくれていたのが奇跡なのだ。

 その父が勘当だと言った以上、本気で縁を切るだろう。

 しかし、かと言って少ない手持ちでは何処かに宿泊することも出来やしない。

 ついには頭を垂れ本気で路頭に迷う緋色。

 その時、ぐぅぅと情けない音が腹から漏れる。


(こんな時でも人間、腹減るのな……)


 だんだんと日が沈み、僅かに赤く染まった空の下で、緋色は哀愁を漂わせコンビニに向かった。



 *



「……やっぱり暑い」


 今は八月でありその初めとはいえ、一年を通して最も気温が上がる時期なのには違いはなく。

 夜に関わらず屋外なのに、まるでサウナの中にいるかのように蒸し暑い。

 コンビニ近くの公園のベンチでリュックを枕に寝っ転がっているが、暑いし背中は痛いし蚊がいるしで全然寝られない。


 近くの家から家族の楽しそうな笑い声が耳に入った。

 幸せそうな一家の一時、だが自身の親から縁を切られた今の緋色にとっては忌々しいもの。

 次第に顔が苦くなる緋色は、舌打ちをした。


「もう一回コンビニ行くか」


 沈んだ気持ちを切り替え、この耐え難い暑さを何とかするため、緋色は涼しさの楽園へと足を進めた。



 *



「──は?」


 なんとも間抜けた声が漏れ出た。

 その声は今居るの様な場所に響くこと無く消える。

 そう洞窟だ。

 壁や天井にヒカリゴケに似た植物がそこらじゅうに蔓延っていて、暗い洞窟を仄かに照らしている。

 どう考えても今居るのは公園のベンチの上などではなく洞窟だった。


 ここは何処で、なぜこの場所にいるのか。

 緋色は頭を抱え、覚えている限りの記憶の糸を辿っていく。

 あまりの寝付けなさから昨日の夜コンビニに向かい暫くして涼しんだ後、蚊取り線香や虫除け、エアコン代わりの氷とそれを入れるバケツを数個買って公園に戻った。

 氷バケツをベンチの周りにおいて気温を下げ、そして緋色は眠りに就く。

 記憶しているのはここまで。

 次に目が覚めた時には、既に洞窟。


 ──誘拐でもされたか?


 初めにそう考え付くが、そんな事をされる覚えが無いしそもそも目的ある誘拐なら、誘拐しておいてそのまま洞窟に捨てていくなんて事をする筈もあるまい。

 自身の考えを否定しいくら思考を巡らせようとも、現状に至る出来事が思いつかず、考える事を断念する。


「とりあえず持ち物を確認しねぇと」


 家から持ってきた大きめのリュックを手繰り寄せ、ジッパーを下ろしてその中身を確認する。


「財布に懐中電灯に余った蚊取り線香と菓子パン、ノートパソコン、服数着、携帯充電器、炭酸飲料……。うん、ろくなものが入ってねぇ」


 リュックの中身を抜いて持ってきたものといえば、ポケットティッシュや携帯電話などだけだろう。

 その携帯電話も画面を見れば圏外。この状況においてなんの役にも立たない。

 不幸中の幸いと言うべきか、食料と飲み物があった事が唯一の救いだろう。

 だがそれも量が少なく数日も持たない、一刻も早くここを出て助けを呼ばなければ野垂れ死ぬのは火を見るよりも明らかだった。


「こうなりゃしゃあない。いっちょ探索と行くか」


 ため息のようにやる気のない声が、洞窟に吸い込まれる。

 外に出した荷物をリュックに入れ直し、緋色は懐中電灯の明かりをつけて、洞窟の中を歩き始めた。

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