たりないもの

勝利だギューちゃん

第1話

「君はだれ?」

「僕は僕だよ・・・」

「ううん、違う。今の君は、君であって君じゃない」

「どういう意味?」

「私の知っている君は、いつも前を向いて歩いていた」

「前を向いて?」

「そう・・・倒れても、倒れても、立ち上がっていた」

「倒れても・・・」

「気付かなかった?私はあの頃の君が好きだった」

「だった?」

「でも、今の君は、立ち止まったまま。」

言葉の主に、僕は言葉を失った。


「教えて、あの頃の君は、どこへ行ったの」

「だけど・・・」

「あの頃の君を、宮川くんを返して・・・」


高校生の頃、僕は小説家を目指していた。

書き上げては、せっせと、投稿していた。

当たり前だが、世の中はそんなに甘くない。

いつも、落選だった。


でも、僕はそれでもよかった。

ただ、書いているだけで、楽しかった。


普通なら、応募前に誰かに見せるが、僕は殆どしなかった・・・

そう、殆ど・・・

殆どというからには、例外があるので、1人にだけ見せていた。


それはクラスメイトの女の子。

国語の授業で、自然についての思う所を書くという宿題がでた。

僕は、何を勘違いしたのか、詩を書いてしまった。


その詩が、先生に褒められて、取り上げらた。

特に、そのクラスメイトの女の子は気に入ってくれた。


以来、僕が小説を書くと、彼女にだけ先に見せていた。

それだけで、楽しかった。


今、自分の作品を見ると、客観的にみて、つまらない。

何かが足りない気がする。

その何かを探すことにした。

その間は、筆を置くことにした。


しかし、結局見つけられずに・・・筆を折った・・・


そして、僕はサラリーマンになった。

小説家を目指していた事は、もう青春の1ページになっていた。

当然、あの女の子のことも・・・

仕事なので辛い事もあるが、その分喜びも大きい。

いつしか、その現状に満足していた・・・


ただ、未だに独身であるのが、悲しい所・・・


ある日、取引先からの帰り、一軒のカフェを見つけた。

(最近、出来たのか?)

仕事が早く片付いた事もあり、そのカフェに立ち寄ってみた。


店内に入ると、「いらっしゃい」と、少し無愛想な返事がした。

見ると、女性の方だった。

店内には、店主のほか、だれもいなかった。


適当に席を探していると、

「すいません。おひとり様は、カウンター席で・・・」

そう言われ、カウンター席に着いた。

「ご注文は?」

「アイスティー」

それだけの、やりとりをして、注文が来るのを待った。


店内を見回す。

殆ど何もなかった。

ただ、ぬいぐるみがひとつだけ、置いてあった。

今はもうない、プロ野球チームのマスコットのぬいぐるみだった。

(俺、ファンだったんだよな)

自然と笑みがこぼれた。


「気がつかれましたか?」

店主が、声をかけてきた。

「失礼ながら、ファンだったんですか?」

「はい」

僕は、そう答えた。


「あの出来事は、ショックでしたよね」

「ええ、でも仕方のない事でしたね」


店主は、間を置いて話出した。

「実は、私が高校生の頃にも、この球団のファンの子がいましてね」

「はい」

「よく、盛り上がりました」

「そうなんですか・・・」


(そういや、あの子ともその話で盛り上がったっけ・・・

同じ球団のファンということが、仲良くなったきっかけだったな)

昔を思い出していた。


「確かに、人気はありませんでした。球場はいつも閑古鳥・・・

でも、熱い球団でしたね・・・」

店主は懐かしそうに話した。


「おまちどおさま、アイスティーです」

目の前に、アイスティーを差し出された。


「その彼は、小説家志望で、よく見せてもらいました。

もう随分とあっていませんが・・・」

「そうなんですか・・・」

僕にそっくりだな・・・そう感じた。


「でも、彼には足りないものがありました。」

「足りないものですか?」

それが、何なのかが気になった。


「聞きたいですか?」

「はい」

「それは、人を愛する心です」

「心ですか・・・」

「彼は、人を愛せない人でした・・・正確には。信じる事が出来ない人でした」

店主の話に、僕は胸が痛くなる。


「小説というのは、いろいろなキャラクターが出てきます。

それを作者が、演じ分けないといけません」

「はあ・・・」

「人を信用できない人間が、人の心を感動させる。そんな話は書けませんよね」

店主の言葉に、僕は自分の事を言われているようだった。


「そうですね・・・確かに、人を信用しないと、書けませんね。

店主さん、ありがとうございました。」

「えっ」

「ようやく、見つかりました。僕の足りなかったものが・・・」

僕はまた、小説を書いてみようと思った。


「僕も、小説を書いてみます。よかったら、最初に読んでください」

店主は、その言葉を聞いた時、手を差し出してきた。

「お帰りなさい。宮川くん」

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たりないもの 勝利だギューちゃん @tetsumusuhaarisu

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