第40話 勝手にしやがれ
「俺はもう、あいつらを相手にしない」
「あん?なんだよ急に」
俺は部屋でそう宣言した。魁斗と坊ちゃんの前で。
「俺たちは理不尽に付き合わない」
「オーケー、それはわかった。で、なんの話だよ?」
「今の俺は特別あつかいだけど、俺以外も『理不尽には付き合わなくていい』ってなれば、この施設も変わる。だからその前提を作る」
「――――??」
「つまり?どういうことだってよ?」
ああ、そうか。魁斗と坊ちゃんにわかるように説明しなきゃな。
独房に閉じ込められて、一人で延々考える癖がついたからか、どうも思索的になりすぎてる。
「俺たちは、朝のオナニ……お清めを拒否するんだ。あんなの不当だ。やりたくないだろ?あんなこと」
「そりゃ俺だってやりたくねぇよ、でも……なぁ?」
魁斗はビビってる。そりゃそうだ。あんな威圧的な空間に置かれれば、誰でもプレッシャーに流される。でも、だからこそだ。
「俺が『別にお清めをしなくていい』って言葉を引き出すからさ、その時に魁斗と坊ちゃんも、乗っかって欲しいんだ」
俺はあいつらに、真っ向からぶつかる。
「乗っかるって……じゃあお前がどうにかするのか?お前に乗っかったら、俺たちもシコらないでいいのか?」
「――――お、俺もいいの?」
「ああ、きっと上手くいく。だから俺に乗っかってくれ。物理的な乗っかり以外なら大歓迎だ」
魁斗と坊ちゃんは俺たちは朝のお清めをストライキする。
俺がお目こぼしをもらってる。それを最大限に利用する。同室の人間ならそれに乗っからない手は無い。誰も施設の方針になんて従いたくないから。
決行の日は意外と早くおとずれた。
園長が朝礼に顔を出した日が、決行のチャンスだ。
号令をかけられ、みんなが座り込んでズボンを脱ごうとする中、俺たちは突っ立ったまま。
「俺たち三号室は、お清めに参加しません」
そして俺が指導員たちの前に出てそう言った。
「ば、馬鹿!なにやって……」
俺の突然の行動に、博巳は慌てて俺たちを座らせようとする。
「どういうつもりだ、お前ら?」
博巳が制止するより先に、小暮のドスの利いた声が俺たちを咎めた。
決してそれに臆してしまわないよう、俺は冷静に言葉を続ける。
「俺は独房を出てからずっと『お清め』に参加してないですよね?それにも関わらず、俺はまったく変な気を起こしてません。だから必要ないと思うんです」
「あっそ。で?他の二人、お前らはどうしたんだよ?」
「えっと、その……」
お前らは許さん、と言わんばかりの口調。それもそのはず、魁斗と坊ちゃんの二人は、今までお清めの儀式に参加してたから。だから俺が横レスする。
「説明すると、前にやらかしてる俺ですらお清めをしなくて大丈夫なんですから、この二人なら特に問題ない、ってことです。俺のお墨付きですよ?」
朝の広間にピリピリとした空気が立ち込める。
生意気だ!とペナルティを食らいそうな空気。即座に殴り飛ばれても不思議ではない。現に竹刀を握った小暮の手には力が込められ、血管が浮いている。
博巳は俺たちと指導員たちを交互に見つめ、あたふたしていた。
「園長先生。あいつら、どうしましょう?」
判断に迷った小暮は、園長に指示を求める。
「ん?彼ら?いいんじゃない?好きにさせちゃって」
俺をシカトし続けてる園長は、相変わらず俺にノータッチ。いつも以上にとぼけた語尾上がりで、いかにも興味ないってふうを装っている。
「……は、はぁ」
園長その言葉を聞いて、小暮の手から力が抜けていった。
「……っし!」
俺は内心で大いにガッツポーズ。園長からこの言葉を引き出せた!
「お、おい。これでいいのか?」
「ああ、充分成功したよ。魁斗、坊ちゃん、ありがとう」
お清めをしなくていい、と園長に許可させる、これが俺の作戦だ。
この言葉を引き出すため、俺は園長のいる日を狙った。
園長がスルーを決め込んだから、今の俺たちは特別あつかい。こうなってしまうと、小暮や新羽も手を出せない。俺を腫れ物扱いするしかなくなる。
この具合なら、園長が発言を撤回し「あいつもシコらせろ!」とは言うことはないだろう。
『あいつなんてどうでもいい』って発言を撤回したなら、自分の判断ミスを認めてしまうことになるからだ。俺への恐怖も同時に。
そう、あいつは特別意識してない体裁を装うため、不毛なシカトを続けなきゃいけない。
プライドの高いワンマン野郎が陥りやすいミスだよ?これは。
「チッ!」
小暮は面白くなさそうに、俺たちに向かって舌打ちした。そうだろうそうだろう。
その達成感が、俺に破顔の笑みを浮かべさせる。
「オラァ!お前らはさっさと抜け!!」
俺たちの行動に度肝を抜かれ、呆然としていた他の奴らは、小暮の怒号で慌ててブリーフを下ろし始める。
棒立ちで佇む俺たちをよそに、今日もまた惨めな儀式は始まった。
こんな中、俺たちだけ免除されるのは心苦しいが、今はどうしようもない。俺たちは俺たちの出来ることをする。
「次は……メシの奪い合いもやめる」
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