第12話 酒田先生という女
「あら、怪我したの?」
医務室には専門の指導員がいる。
新羽と小暮と、いつも買い出しに出てる運転手とは別の……酒田先生という女性指導員だ。
齢にして30代後半だろうか。おばさんと呼ぶにはまだちょっと早い、髪を茶色に染めた妙齢の女性。
「新しく入った子よね。怪我、どうしたの?もしかして……他の先生にやられた?」
「えっと……そうです」
「あららら~、可哀想に」
酒田先生。彼女は指導員の中では比較的まとも。というか、正常な人間だ。
この施設で行われる暴力を良く思ってなくて、俺を含む入所者に優しくしてくれる。この間、湿布をもらいにいった時、この施設に似つかわしくない優しさに驚いた。
同時にジャージとスエットしかいないこの施設において、世俗的な格好をしているのにも驚いた。今日も胸元が開いたブラウスで、俺に新鮮な感動をくれている。
「あんまり他の先生たちに逆らっちゃダメだからね?もっと酷いことになるんだから」
しかし優しいからといって、俺たちに味方してくれるわけではない。
暴力を否定して、入所者を守るわけではない。彼女も他の指導員の手前、何も言えないでいる一人なんだ。
「は~い、ガマンね?」
酒田先生は消毒液でひたひたになった布を、俺のケガに押し当てた。
「あ、ひぃ!?」
次の瞬間、飛び上がるほどの痛み。クラクラするほどのエタノール臭。傷口が冷たく、熱い。
「あははっ、男の子でしょ?ガマンガマン!」
俺の顔が荒療治に歪むのを見て、ごまかし半分に笑ってる。
酒田先生は治療が下手だ。
それもそのはず、彼女は別に看護師でもなんでもない。雇われてるだけの……ただの主婦なのだ。
酒田先生はここにパートタイマーとして来ているみたいで、午前中に来て昼過ぎに帰宅する。
ここに来るまでの道のりにいくつか集落があった。そのうち一軒の人なのだろう。朝早く家事をこなし、昼間はこの施設でパートをしてると考えられる。状況的に。
だから酒田先生の生活の主軸は、ここではない自宅。つまり施設の外の世界を生きている。だからだろうか、指導員たちの中にありながら、表の世界の感覚を持っている。他の指導員のように狂っていない。
そんな酒田先生は、俺と顔を向かい合わせ、グイグイと絆創膏を貼っていく。
ブラウスの胸元から目を背けると、チラリと目が合った。
「あの……」
……俺はここの連中とは違う。
……貴方と同じで、外の世界で生きられる人間だ。
……俺はこんな場所にいるべきじゃない。だから助けて欲しい。
そう言って助けを求めたい。彼女ならきっと憐れんでくれる。
しかしどう説明する?なんて切り出せばいい?
「……はい、これで終わり。午後もがんばってね」
彼女にとって俺は、他と変わらない惨めな入所者の一人。
他人から見れば、自堕落な引きこもりニートのうちの一人でしかないのだ。
俺は、彼女に軽くあしらわれ、その立場を思い知らされるのが恐い。
いざ彼女へ踏み込んで断られたら……と思うと踏ん切りがつかない。一笑に付されたりしたら立ち直れないかもしれない。
彼女の存在は、ここから脱出する大きなチャンスなのに。
「どうしたの?」
いかん、俺の内的な葛藤が態度に出てしまった。
きっと今の俺は、酸欠の鯉のように口をパクパクさせていたことだろう。酒田先生は不思議そうな顔をしている!
「いえ、なんでもないです。ありがとうございました」
協力者……それも女性の協力者を作る時、みんなどうしてるんだ?
映画ではこういう時、どうしてたっけお?なんか自分の魅力を武器に口説くんだよな?
でも俺にそんなスキルねぇよ!女を口説いたこともなければ、アピールするような魅力もねぇ!剃られた頭にゃ髪の毛がねぇし。
恋愛シミュレーションゲームで年上を落としたことは数多あれど、こんなシチュエーションのゲームがそもそも無ぇ!
俺は、酒田先生との距離を縮めることができるのか?
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