第5話 この門をくぐる俺は、まだ希望を捨てていない


 俺を乗せた車が停まったのは、木々が生い茂った町外れにある場所。

 山林のふもとの広大な敷地は背の高いフェンスで囲まれていて、幼稚園のような建物が鎮座しているという、全体的に威圧感のある施設だった。

 どうやらこれが件の施設とやらで間違いないようだ。


 でも俺は絶対にこんなとこには入らない。

 俺が施設とか、あり得なさすぎてヤバイ。

 そこのフェンスゲートを開けるため、停まった車の中から見ると、『かがやきの国』という看板が掲げられていた。それがこの施設の名前だろう。


「おい、降りろ」


 小突かれて降りた場所。その敷地のほとんどは、荒れ地を耕して作った農園。

 状況的に考えて、ここで農作業をさせながら集団生活させる、ってやつだろう。

 うう……寒気してきた。

 俺は両脇を抱えられ、建物の中へ連行される。


「ちょっとマジこういうのいいですから!俺は違うんですって!本当に!」


 後ろの林の陰になっていて薄暗い、不気味な建物に踏み入れてしまった。


「ちょっと!手違いなんだって!うちの母親も、何かの気の迷いだったんですよ!だから家に電話させてよ!!」


 何重にも施錠されたドアに、鉄柵のある玄関。強化ポリガラスの割れない窓。

 一度入った人間を逃がさない雰囲気バリバリの施設を見て、俺の焦りはいよいよマックス。


「お願いしますよ。最低限の荷物だけ頼みたいから、親に電話させてもらえないですか?」


 さっきから俺の言うことは全シカトされてる。だからもう冷静に頼み込む。

 荷物が……と言って、家に電話させてもらう。

 電話を借りたらそこがチャンス。断腸の思いで親に謝る。泣き落としで説得する。どんなことをしてでも、この施設との契約を切ってもらう。

こんなとこには一瞬でもいたくない。だからなんとしてでも家に電話を……


「あっそうだ、携帯!携帯!携帯電話!俺は携帯電話も持ってきてないんですって。だから家に連絡させてくださいよ!」


「……人間は、体一つでも生きていけるんだよ?」


 廊下の奥から、そんな言葉が俺の耳に響いた。視線を向けるとその方向には、ハゲ散らかした壮年男性がいた。


「体一つで生き抜く……現代人はそれを知らない。ぬるい環境で育って、生物としての本能が鈍ってしまったんだよ?だから生徒たちには、その身一つでなんでも出来るってところから教えなきゃいけない。断捨離だね、わかる?断捨離?」



 ペタペタとスリッパを鳴らしながらこちらに向かってきた男は、俺のほうへ向かってそう言った。

 頭髪の乱れっぷりとはうらはらに、毛羽立ち一つないスーツという出で立ち。金持ちそうなオヤジだ。そいつがなんか説教してきた。


「あっ、そうですね。それはそうとして……」


 どうでもいいわ。そもそも断捨離の意味、間違えてねぇか?

 金も時間もありそうなジジィなのに無教養かよ。恥ずかしい奴だな。


「オイお前!なんだその態度!園長先生に向かって!」


「いいよ小暮、あとでしっかり教えるから」


 そう言って園長と呼ばれた男は、ねっとりとした笑顔を俺に向ける。


「ようこそ。かがやきの国へ。私は園長の伊佐坂だよ?君を一人前の人間に育てる者だ」


 園長ってことは、こいつがここの連中のボスか。気持ち悪い施設にピッタリだな。

 こういうのって、表向きは社会性とか協調性とか、奉仕精神とか言っときながら、実際は親から多額の金を巻き上げるビジネスだろ?そういう意図を隠しながら施設を運営するには、面の皮が厚くなければいけない。そういう点で、こいつは合格。見た目からして醜悪さにじみ出てるような奴だよ、こいつは。


「じゃあ、行こうか?」


「えっ、ちょっ、やめ!」



 両脇を抱えられる。だから引きずるのをやめろ。

 ロビーから別棟に繋がる二重に施錠されたドアが、ジャージ男により開かれた。


「なんだよ、これ……!」


 連れてこられた先はけっこう大きな広間。そこには、ガリガリに痩せた坊主頭の奴らが集められ、折り目正しく並んで正座していた。

 なんだこいつら。旧日本軍かよ。


 そいつらは十数人いて、みんな同じような顔をしている。みんな丸坊主だ。その中には女も二、三人いた。みんな地獄のようにブサイクだけど。

 そしてみんなサイズの合わない、ヨレヨレのボロ着を着ている。

 一瞬遅れて、鼻腔に入り込むムワッとした空気にむせ返りそうになる。この隔離された棟に充満するにおいが、俺の鼻を直撃したのだ。

 垢や尿、皮脂などの臭気を煮詰めたような、ツーンと饐えたにおいだ。これもこいつらの?


「うぷっ……じゃあ僕はもう帰るんで」


「はいはい、今日は新入生を紹介するよ~?彼は戸津床公太郎くん!」


 さっきの小暮って奴も、この園長も、あくまで俺の話は聞かない感じだな。


「え、園長。俺がここに着ちゃったのは、ちょっとした母の勘違いなんですよ。だから……」


「園長先生だよ?」


「はい?」


「園長、先生。ここでは君たちを教える指導員はみんな『先生』をつけて呼んでもらうんだよ?」


「あっハイ、それは良いとして……」


「良くぅ…………なァ~~~い!!」


 園長は俺の頭を、勢い良く平手で打った。

 パカーン!と、聞いたことのないような小気味いい音がした。

 なにこれ?なんかの冗談?ふざけてんの?

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