第2話 拉致 part2


 玄関で話してる複数人が、ゴソゴソと家の中に上がってくる気配がした。

 その気配は階段を登り、俺の部屋の前で止まる。

 ピザポテトのお届けではなさそうだし、何だ?


 ドンドンドン!


「ファッ!?」


 そいつらは俺の部屋のドアをノックした。というか叩いた。思わず飛び上がりそうになる。

 そしてドアノブをガチャガチャ回している。

 え、ちょ待てよ。何だよ?


「公太郎く~ん?ドア、開けてもらえるかなー?」


「……ハァ?」


 猫なで声の男の声がした。

 いやいや、何なん?「開けてもらえるかな?」じゃなくてさ。

 さっきのノックも、なんか無作法な、デリカシーのないノックだったよ?それこそヤンキーみたいな。

 ってかマジで何。いきなり人んちの二階まで上がり込んで。前代未聞だわ。

 鍵かけててよかったよ。そうじゃなきゃ今頃、こいつらは俺の部屋に入ってきてるくらいの勢いだぞ……って!


 ガン!ドン!バキッ!メリッ!


 なんかドアを叩いてる!

 こいつら、叩いてドア破ろうとしてる!

 ハンマーが、築二十数年の色あせたドアをベキベキに割っていく。そして、廊下側が見えるほどの穴が開いた。


「こんにちは。戸津床公太郎とつとここうたろうくん」


 その穴から、髪をワックスで撫で付けた男が顔を覗かせ、俺に挨拶する。

 穴から見えた男の顔は、四角くゴツゴツしていて、そこに目鼻口がポツポツっと空いている、まるで岩のような顔だった。


 俺は、この状況で平然と挨拶したその男に、得体のしれないものを感じ、絶句する。

 こいつ、ドアを叩き破りながら、親戚の子供に挨拶するような声色で挨拶した。そして無感情な、トカゲが虫を捕食するような目で俺を見てきた。

 唖然とする俺をよそに、ドアに空いた穴に手が突っ込まれ、部屋の鍵がガチャリと外される。そしてジャージ姿の体格のいい男が三人、俺の部屋に突入してきた。即座に取り囲まれてしまう。


「一緒に来てもらうよ」


 なになに、ドッキリ?てかマジでなんなん?ありえんのだが!ドア破って、俺の部屋に勝手に入ってきて!住居侵入!器物破損!


「あっ、いや……ちょっ……」


 四文字熟語で何か言ってやろうと思ったのだが、言葉が出てこない。

 まぁ俺くらいになると、知らない人間と喋ることなんてないからな……

 って、この状況で何からしゃべれと?この非常識な連中にどっから説明すればいいんだよ?シチュエーションがあり得なさすぎて困る!


「そういうわけだから、大人しく着いてきてね」


 三人は俺を取り囲んだ。足がすくんで動けなかった。

 こいつらはとにかくヤバい。見た目からしてイカツすぎる。

 なんか目を合わせると殴ってくる系の連中と同じ感じがする。ヤンキーを多く排出することで有名な県で育った俺には分かる!わかってるから足がすくむ。


「あのっ、ですね!ぼ、僕は……」


 こいつらが何者かより、いつも俺しか無い部屋に他人がいること、単純にそれが耐えられない。

 普段はアニメとゲームと動画の音しかしない俺の部屋に、他人の息遣いがある。

エアコンの冷風とPCの排熱しかない俺の部屋に、複数の人間が発するムワッとした熱気がある。違和感で頭がおかしくなりそうだ。

 なんとかして逃げたい、こいつらから逃げ出したい。逃げられないか廊下を見る。すると部屋の外で、こちらの様子をうかがっている母親を見つけた。


「あっ!おいババァ!なんだよこれ!なんだよこいつら!」


 即座に母親を問いただす。

 こいつらは、玄関でババァと話し込んでから二階に上がってきた。だから状況的にババァが手引きしたと見ていい。きっとババァのせい。だから早くこいつらをなんとかしろ!


「公ちゃん……ごめんね。こうするしか無いの」


「お母さん、謝る必要は無いですよ。あなたは間違ってない。これは公太郎くんの問題なんですから」


「ごめんなさい……ごめんなさい。みなさん、公太郎をよろしくお願いします」


 なんかババァとこいつらは、勝手に話をしてる。俺の知らないところで話がついてるような口ぶりだ。

 そして『これから俺を、どうにかしてしまう』って、共通の認識がある。

 ってことはやっぱりババァのしわざじゃねーか!


「オイ!ババァ!テメェ、ざけんなコラ!!」


 勢いでババァに詰め寄ろうとした俺だが、あっけなくジャージ連中に捕まり、羽交い締めにされ、手足を掴まれた。体がヒョイっと浮かび上がる。


「あの、すいません。ちょっといいですか?母と話があるんで……」


 ってことなんで離してもらえませんかね?

 連中の顔を覗き込む。


「僕たちは引きこもり支援施設の者だよ。君のお母さんからお願いされ、ここに来たんだ。君が社会復帰できるように、これから施設に行くんだよ」


「んなもん知らないよ!離せよ!おい、ババァ!なんとかしろ!!」


 『引きこもり支援』という単語でこいつらが何なのか、なんとなくわかった。俺にとってとってもありがたなくない存在。それが今、ここに召喚された。


そして、俺を持ち上げてどこかに運ぼうとしているこいつらを呼んだのは、百パーセントババァ。

手足をバタバタさせ抵抗するも、ヒョロガリな俺が、屈強な三人には勝てるわけがない。ってことは、ここからどうなるかは、廊下で見ているババァにかかってる。


「ねぇ、バb……母さん、おねがいだよ。こいつらに帰ってもらってよ。なんでそんな目をしてるの?そんないらなくなったぬいぐるみを捨てるような目をやめてよ」


 クゥ~ン。子犬のような瞳で懇願する。


「お母さん、言ってあげてください。それが公太郎くんのためなんです」


「……私、もう公ちゃんのお世話は無理なの。限界なの」


 ババァの口から、俺を放り出すような言葉が飛び出した。

 何だよ、うちのババァに何か吹き込んだのか?そして俺、もしかして見捨てられる系男子?


「お母さん……もっと心の中をぶつけるんです」


「私はあんたを、こんな引きこもりニートにするために、産んだんじゃないのよおおお!!!」


 それからババァは半狂乱で俺を罵倒し続けた。

 羽交い締めにされた俺は、抵抗も虚しく、着の身着のまま連中の車に乗せられた。

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