部員は三人

 それが梶本なのだ。彼もライトノベルが好きで、そういう点で俺と趣味が合う。梶本は文芸部に興味を示した。けれども迷っている。


「俺、小説なんて書いたことないよ」

「いいんだよ! 別に書かなくったって、それでもいい!」


 俺は必死だった。梶本はまだ迷っている。


「別に書きたくないってわけじゃないんだけどね……。でも自分が上手く書けるかどうかわからないから」

「そんなこと気にしなくていい! 俺だって文才があるわけじゃないし、みんなで仲良く好きなもの書いたり読んだりすればそれでいいんだよ!」

「うーん……。それなら……まあ……」


 俺は嬉しくなった。梶本の心はだいぶ動いている。やつは心優しく、頼み事をあまり断ることをしない。俺は梶本に、猫なで声で言った。


「無理にとは言わないよ。でも、ちょっと部室を覗くだけでもどうだ?」


 部室……まあ物置だけど、でも部室は部室だ。きちんと一部屋与えらえている、というのはすごい。


 梶本は迷いつつ、ついに言った。


「うん。行ってみる」


 やった! 俺は放課後、引きずるようにして部室に梶本を連れて行った。部屋の中には既に白石がいた。二人を引き合わせる。白石はちょっとぶっきらぼうだ。彼女と一緒にいるうちに気付いたのだが、白石は意外と人見知りなのだ。だから、初対面の人には素っ気ない態度になってしまう。梶本も照れながら挨拶した。奴は、あまり女性と親しくしたことがないから、女性相手にはいつも硬い態度になってしまう。かくいう俺もそうなのだが。


 こうして三人の文芸部ライフが始まった。三人……は少ないような気もするが、まあ多くは望むまい。


 次にやったことは部室を掃除することだった。これを、快適な空間にしたい。いつまでも物置ではあんまりだ。まず、いらないものを撤去する。そして徹底的な掃除。俺たちはよく働いた。文芸部なのに、本も読まず小説も書かず、掃除に明け暮れた。


 かくして、現在の素晴らしい――少なくとも、部室らしい、部室を手に入れたのだった! 真ん中に大きなテーブル。椅子がいくつか。掃除用のロッカー、荷物置き場、壁には背の低い本棚が並ぶ。入口の向かいの小さな窓も、なんだかこじゃれた感じに見えてきて……俺はこの部屋が気に入った。他の三人もそうみたいだった。


 けれどもまだいささか殺風景だった。そこでそれぞれ家から、飾る物を持ってきたのだった。俺は、福引の景品でもらった謎の茶色の壺。白石は中学時代に画いたという水彩画。


 どこかの農村の風景だ。広がる田んぼの向こうに、山を背景にぽつんと古い民家がある。時刻は夕暮れ。切なくなるような光景が、やや荒っぽいというか、力強いタッチで描かれている。いい絵だとは思うのだが、ただ、画面隅にいる犬が、犬というより牛に見えるのが多少気になる。まあ、そういう作風なのかもしれない。


 梶本が持ってきたのは、植物の植わった鉢だった。梶本は庭仕事が好きなのだ。彼は大柄で、逞しい筋肉をしている。さほど運動をしているわけではないのにそうなのだ。理由を尋ねると、庭仕事で身体を動かすからかな、と答える。庭仕事にそんな効果があるとは……。けれども梶本の父親も母親も、プロレスラーのような体格をしているので、ほんとのところは遺伝なのかな、と思う。


 それはともかく、梶本は草花を育てるのが好きなのだ。本を読み、植物を育て、周りの人間に優しく、シャイだが朗らかで、素直で人を疑うことを知らない。俺は梶本を見ていると、童話に出てくる優しい巨人を思い浮かべてしまう。彼はいい奴なんだ。ほんとに。




――――




 コンテスト用のチラシを作り終え、その日の放課後、俺は部室へ向かった。まだ誰も来ていない。チラシは、友人たちに配るのだが、部室にも一つ、貼っておこうと思う。俺がその作業をしていると、白石がやってきた。


 俺の隣に立って、チラシを見つめる。白石がぽつりと呟いた。


「ヒロイン、かあ……」

「何かいい案は……」


 多分、白石に聞いても無駄だろうなと、言いながら思った。


「私は男性向けラノベはあんまり読まないから、よくわからないんだよね、正直。でも既にいろんなキャラがいるわけだから……」


 そう、そこが困っている。俺は頷いて言った。


「ヒロインって、すごく大事だと思うんだよ。賞を取るにはヒロインの魅力! これは欠かせないと思うんだ。こう、出会った途端に、読んだ瞬間に、ガツーンときてドキーンとして頭の中がパチパチするようなそういうヒロインを俺は探しているわけで」

「賞? どっかの新人賞に応募するの?」

「……あ、いや、それはまだ具体的には……」


 俺は戸惑ってしまった。ライトノベル作家になりたいという夢はある。けれども賞に応募するのは恥ずかしい。し、なんだか恐ろしい。そしてそれをあまり周りに知られたくない。


 趣味でやってる、って態度を取ってみたいのだ。あいつ、まじなんだ、とか思われたらちょっと落ち着かない。わかるかなこの機微が。


「池谷はまず、長編を完成させるところから頑張ったほうがいいと思う」


 思い切り直球に、どストレートに白石のアドバイスが飛んできた。俺は思わず黙る。確かに……確かに俺は長編を完成させたことがない。


 短編ならあるんだ。けれども長編は難しい。頭の中では壮大で、長いストーリーが展開されている。けれどもそれを言葉に表し始めると……何かが違う、と思ってしまうのだ。華やかで重厚で感動と驚きに満ちたストーリーが、パソコンの画面の中で、陳腐で詰まらないグダグダとしたどこにでもあるストーリーに置き換わってしまう……。何故なのか、俺は頭を抱えてしまう。


「近世ヨーロッパ風異世界の話、書いてたじゃない。あれ、どうなったの?」

「ああ、あれね……」

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