鞍家小典之奇妙奇天烈事件手帖~貝の柱右衛門~

宮国 克行(みやくに かつゆき)

第1話 序章

「鞍家どの」

 呼び掛けた声の主は、振り返らずともわかった。

「これは高気さま」

 小典は、振り返りざまその場に跪いて頭を下げた。

 場所は、南町奉行所内の廊下である。小典は、奉行所の中を移動中であった。そこへ、この南町奉行所の年番方である高気平兵衛景澄たかぎへいべえかげすみが声をかけたのである。

 高気景澄は、お奉行である重藤公連の右腕と称されている人物で、事務方を一手に引き受け、着任以来、そのあまりに見事な差配っぷりから、法力を使っているのでは、などと噂までたつほどの人物だ。

「忙しいとは思うが、少々、頼みたいことがあってな」

 柔和な笑顔は、武張ったところが全くなく、むしろ大店の店主と言ったほうがしっくりとくる雰囲気だ。しかし、理知的な瞳と神社仏閣に居るみたいな鮮烈な気が相対すると感じられる。目の前にいる人物が、ただ者ではない、というのはよほどの鈍い者でもわかるだろう。

 小典は、内心の動揺を悟られぬように、無表情で頷いた。

 動揺したのは、髙気さまが嫌いとか苦手だからではない。髙気様のの内容のほうだ。

 そして、そのは的中した。


 

 

 


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