異形達の宴

@emochin1201

第1話第一章


 恭介は六階の屋上の手すりに座っている少しでも前に移動すると、そのまま何十メートル下の地面に向かって落ちるだろう。焦ってはいない。ビルの屋上から日の当たる遠くの街を、ぼんやりと眺めてあくびをする。

「待て!」

 背後から、男の怒声がする。反射的に振り返る恭介は、バランスを崩しかけ仰け反る。

 何だ? 

 純子が長い髪をもつれさせ、必死の形相で走っている。背後から、白衣の男四人が追っている。

「まただ......」

 これで何度目だろう。純子が、この精神病院からの逃走を図り大騒ぎになるのは、……。恭介は純子のバイタリティーに改めて感心した。だがすぐに追いかけてきた看護師に捕まってしまう。

 純子の髪を掴んで引きずり倒そうとする看護師。

 獣のような悲鳴を上げる。純子は、くるりと振り返ると髪の毛を掴む看護師の金的を食らわせる。見事にそれが命中し、その場に倒れ悶絶する看護師、その隙に逃げる純子。

 だが数歩走っただけで、後から追いかけてきたレスラーのような看護師に羽交い締めにされる。その看護師の腕に噛みつく純子。

「あっ!」

 激痛に叫ぶ看護師。それでも腕を噛み続ける。看護師二人が追いつくと、純子と看護師に飛びつく。純子は、後から来た男の看護師に顔面を拳で殴られる。骨同士のぶつかる鈍い音が聞こえた。

 男の看護師三人がやっとの思いで、純子を地面に押しつけ、さらに三人の全体重をかける。それでも体をくねらせて抵抗する。目の前に覆い被さっている看護師の目に向かって指を突き立てようとする。

 目潰しだ。一人が立ち上がり、顔を蹴り上られぐったりする純子。それでも、看護師は飽き足りず、もう意識のない純子の顔面を何度も何度も蹴る。

「マジ、それはやばいだろ......」

 恭介は、手すりから飛び降り、走って助走を付けると、純子を蹴り続ける看護師に体当たりした。吹っ飛ぶ看護婦、すぐに恭介は、仰向けになった看護師に跨ぎ、首を絞めた。こういうことに恭介は慣れているようだった。

 看護師も抵抗したが、首を絞められ身動きできない。恭介は力を緩めず、気がつくと親指が硬直するほどに力を込めていた。失神する前の看護師の顔が見えた。

 その輪郭が急にぼやけだした。体に力が入らない。視界が急にぼやける。全身の力が抜けていく。絞めている手が緩んでいく。朦朧とする意識の中で恭介は混乱した。

 どうして……。

 恭介の右腕には、注射が突き刺さっていた。注射を引き抜く初老の男。

「院長......」

 そう呟くと恭介は、意識を失った。


 恭介はゆっくりと目を開けた。

 ここは何処だ……。

 どこかに寝かされている。体を動かそうとしたが身動きできない。どうやら恭介は、両手足を拘束バンドで縛られているようだ。

「やっと気づいた? 生きてる?」

 女の声……。純子の声だ。恭介のすぐ横で同じように拘束バンドで両手足を縛られていた。恭介は段々腹が立ってきた。

「下手クソ! 何度目だよ!」

「そんなこと判ってる。判ってても気づいたら、いつも逃げ出してる」

「いい加減気づけよ。無理だって」

「迷惑かけてごめんね......」

 恭介は敢えて純子の言葉を無視した。

「だけどこれ、優しくしてくれないもんかね。ちっとも手足動かないわ」

 もう一度、手足をバタつかせるが少しも拘束バンドは緩まない。金属の擦れるような独特の音がして扉が開いた。開いた扉から日差しが差し、薄暗い恭介と純子が寝かされている独房が一気に明るくなった。

 眩しさに目を細める二人。開いた扉を見る。最初、日差しが強すぎて何も見えないのだが、目が慣れると目の前に、屈強な男三人を従える男がいた。その男が恭介の意識を奪った張本人の院長だ。

「体調はどうかね?」

 小柄ですべてが白髪で顔にもシミがある院長が恭介と純子に聞く。加齢の割には張りのある声だ。

「体調? 自分で散々俺のこといたぶって、何が体調だよ。全然いいわけないだろうが」「そうですか。それは悪いことしましたね。思ったより元気で安心しましたよ。」

 院長は、笑いながら言った。

「この鬱陶しい服。いつまで俺たちをこのままにしとくんだ!」

「まだ二三日は、ここにいてもらわないと、野獣を早々すぐに放し飼いにはできません」「じゃあ。お願いします」

 院長が言うと後ろに控えていた屈強な看護師が、独房の中に入ってきて、純子の拘束着を持って荒っぽい動作で立たせようとした。

「何すんのよ!」

 純子が大声を上げる。看護師は純子を立たせると後ろからあからさまに、胸を揉んでいた。

「この野郎なにやってるんだよ! おいこいつなんとかしろよ」

 恭介が院長に訴えるが、院長は微笑んでいるだけだ。後ろにいる屈強な男たちもただ、ニヤニヤいやらしい笑みを浮かべているだけだ。

「お前ら絶対に許さない……」

 つぶやく恭介。

「ほう。どう許さないんですか? 今の君に何ができるのかな?」

 恭介体をバタバタさせた。

「ほう。ミノムシみたいですねー」

「ぶっ殺す」

 恭介が言った。すると院長は、素早く恭介の前にしゃがみこんだ。

「院長!」

 お付きの男たちが慌てて院長を止めようとするが、それよりも院長の動きは早かった。「おい小僧!」

 院長は、恭介の髪を鷲掴みにすると自分の顔の近くまで引き寄せた。

「いいか。ここでの法律は私です。私がイエスと言うとすべてがイエスなのです。死体でも私が生きてると言ったら生きてるんです」

 院長は、恭介を鷲掴みしている手を何度も揺すって言った。恭介、院長の顔に唾を吐いた。お付きの男たちが色めきだって恭介に襲いかかろうとする。

「待て!」

 院長の大声が独房中に響き渡る。何事もなかったように、微笑む。

「私は元気な人は嫌いじゃありませんよ」

 言った刹那、院長は思い切り恭介の顔面を蹴り上げた。何度も何度も。

「やめて!」

 様子を見て純子が叫ぶ。

「君は! どれだけ! 私に! 逆らったら! 気が済むんだ!」

 なおも院長は恭介の顔面を蹴り続ける。

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