制服

三枝 早苗

第1話 制服

制服は私がお姫様でいるための最後の砦になった。



鏡に写る自分の姿を確認して、私は制服のリボンをきゅっと結んだ。

小さい頃から、私はお姫様になりたかった。だから、私は努力してお姫様の地位に登り詰めた。


だけど最近になってわかったことがある。


それは、努力して手にいれたその地位は、なんにも努力していないとによって唐突に奪われてしまうことがあるってこと。



「ピンクの空気をふりまいて。」

 2年生の始業式の日、私は素手にクラスのお姫様だった。

 あの子がくるまでは。

教室の窓から気持ちいい春の風が入ってきて、私の長くて、少し茶色がかった髪の隙間をさらりと、通り抜けた。

「やばぁ!カノンめっちゃいい匂いする!」

私のすぐ後ろにいたさやかがいった。さやかは私の友達で、しっかりした女の子だ。お姫様にはなり得ない子。

「えぇ~?そんなことないよぉ。」

私は語尾に甘い香水を吹きかけるように言った。

 「え、マジか!今年、春田カノンと一緒じゃん!よっしゃぁ!」という声が男の子たちの方から聞こえた。 

 「あ~ぁ、ほらぁ!みんなカノン狙いじゃん。こうなるからカノンとおんなじクラスはやなんだよぅ!」

と、茉美﹙まみ﹚がいった。茉美はショートカットのよく似合う小柄で快活な女の子だ。

「そんなことない。私、彼氏いるし。茉美の方がかわいいよ。」

私は茉美の瞳をじっと見つめて言った。それから新発売の化粧ポーチから、キラキラと小さなパールの詰まったグロスを取り出し、茉美の薄い唇にそっと線を引いた。

「唇、乾燥してる。」

私はそっと微笑んで、茉美に唇をあわせて、グロスをなじますように言った。

 教室全体がふわりとピンク色に色ずくような感覚に私は満足をおぼえる。

「女でありながらキュンときたわ。」

と、さやかが苦笑した。

 

 その時だった。教室の扉が静かに開いて、おはようございます、と涼しげな声がするりと耳に流れた。教室から、私の振り撒いた、甘いピンクの空気が逃げていくのを感じた。

 飾り気のない髪をさらりと揺らして静かに席につく一連の動作は、毛先から爪先まで、綿密に計算されたような美しさで騒がしかった教室は、静かになり、無機質で清潔な彼女の空気で充たされた。

「成瀬さん、初めまして!一緒のクラスになるのはじめてだよね?私、カノンって言うの、よろしくね!」

私のゆるく巻いた髪の毛先が揺れるのが目に入った。

「よろしくね」

そう言って笑った成瀬さんの笑顔がまっすぐで混じり気がないのにとても驚いた。

「たーくまっ!」

語尾に小さい「っ」を、つけるようにして声をかけたのは、私の彼氏、拓真だ。サッカー部のエースで私のことを大切にしてくれてる。

「一緒に、お弁当食べよ!」

「っえ?あぁ。」

あわてた反応に、拓真の目線の先にあったものをみた。

飾り気のない髪を1つにまとめた、成瀬さんの姿があった。それに気がつかないフリをして、なに考えてたの~、と頬をふくらませた。

 それから3日後に私は拓真にフラれた。


 翌朝、拓真が成瀬さんの席の前に立っているのを見た。そして少し照れくさそうに

「あのさ、俺、カノンとわかれたんだ。」

と言ったのを聞いた。掴みかかりそうになるのをこらえ、聞き耳をたてた。

成瀬さんは、

「だから?」

と、私によろしくと言ったのと同じくらいに混じり気のない真っ直ぐな声でこたえた。

 私のお姫様としての立ち位置がまた、傾いくのをかんじた。


放課後、忘れ物を取りに教室の扉にてをかけたときに声が聞こえた。

「あいっつ、あり得ねぇ。俺が別れたって言ってんのになにあれ?俺のことバカにしてんのかよ。まじ、死ねよ!」

私は、それが拓真の声であることに気がつき、動けなかった。

「ねぇ、あり得ないよねぇ。なんかさぁ、ちょっと自分が綺麗だからって調子ノってるよねぇ。うざぁ。」

私が扉から数歩さがり、振り向くと成瀬さんがいた。

「あ...」

成瀬さんのガラスのような瞳に私がうつる。私は、軽く会釈して逃げるようにその場を去った。


眠りにつくまでにいつもより時間がかかった。


教室に入ると黒板に大きく

「成瀬 聖はクソビッチ」

と書かれているのが目に飛び込んできた。

成瀬さんが教室に入ると、拓真が

「ひでぇ、誰だよこれ。」とわざとらしく言って笑いながらそれを消した。クスクスと嫌な笑いが充満する。

さやかと、茉美が不安そうに目を伏せているのが目にはいった。

成瀬さんはなにも言わなかった。ただ昨日と同じように、美しい動作で席に着いた。


成瀬さんの反応が薄かったのに、怒りを増したのか、成瀬さんに対する嫌がらせは日に日にひどくなってきた。 

成瀬さんの着替えを隠したり、机に落書きをしたり、さらにはトイレに持ち物が捨てられたりもした。

それでも成瀬さんは、一度も泣いたりしなかった。


いつもより、早く起きて、一本早い電車にのって来たら、教室で、拓真と他の何人かの女の子たちが、成瀬さんの机にゴミ箱の中身をぶちまけていた。

「もう、一箱もいく?」

派手で汚ならしい女の子が拓真にベッタリとくっつくようにして聞く。

成瀬さんの机には、汚いごみがぶちまけてあって、純真みたいな成瀬さんにはひたすらに不釣り合いに思えた。

「やめなよ!」

拓真から、ゴミ箱を半ば引ったくるようにして奪い取る。その反動で拓真にゴミが少しかかった。


派手な女の子が私を突き飛ばし、床に転んだ私の上に余ったゴミ箱の中身をふりかけた。

「あんた、なんなの?!自分がお姫様のつもりですかー??かわいそうなシンデレラにはホコリがお似合いですわぁ。…ほんと、ムカつくんだよ。このブス!!」 

拓真と周りの女の子から冷たい視線を注がれる。

「行こうぜ」

拓真の一言でみんなはぎゃはは、と、下品な笑い声を上げて行ってしまった。

もう、私はお姫様じゃない。





拓真たちは、私に目立つようなことはなにもしてこなかった。

ただ、たまにクスクスと笑われたり、足を引っかけられたりすることがあるくらいだった。

だけど、お姫様という立ち位置を失った私にはもう、なにも残っていなかった。



 私は、部屋で、制服の写真を撮り、それをネットにアップした。

思ったより反響がよくて、次の日から私はそこに頻繁に写真を投稿するようになった。

制服のスカートを折り曲げた写真や、少し胸元の開いた写真を投稿すると、みんなすごくよろこんでくれた。

制服って、だけでみんなすごく喜んでくれる。


ずぶずぶと深みにはまっていく。


私は、また、お姫様の立ち位置をみつけた。

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