第26話 誰かが
ナイフが体を鈍く突き刺す感覚があった。金属が肉をえぐる重い感触・・。
「あれっ?」
でも痛くない。
「あっ」
顔を上げると誰かが私を抱き締めるように、桐嶋との前に立ちふさがっていた。
「うううっ」
そして、誰かのうめき声が私の顔のすぐ上から漏れた。
「あっ」
それは元少年だった。元少年は顔を苦渋に歪めていた。見ると、元少年の背中に桐嶋のナイフが刺さっていた。
「ひゃっひゃあ~」
桐嶋はおたおたと小刻みに震えながら後ずさると、奇妙で奇っ怪な叫び声を上げ、そのまま走ってどこかへ行ってしまった。
「どうして・・」
「僕はあなたを傷つけてしまった。とても傷つけてしまった。深く深く傷つけてしまった」
元少年は泣いていた。
「だから、何があってもあなたを守ろうと思った」
その時、雨がぽつぽつと落ち始めた。
「・・・」
私は元少年の腕の中に抱かれていた。何かの大きな何かに包まれているかのように、私の体は力を失い元少年の胸の中にい続けた。
「もし」
元少年の私を抱き締める腕に力が入った。
「もし、もっと違う出会いをしていたら・・・、あなたと、もっと違う出会い方をしていたら・・・」
元少年の胸に抱かれながら、私はその言葉を何かのメロディーのように聞いていた。
「初めてあなたが事務所に入って来た時、僕は自分の運命をどれだけ呪ったか」
雨が激しく私と元少年を打ちつけた。
「それ程にあなたは輝いていた・・」
雨にぬれる元少年の体から、血が広がっていった。
元少年は私を力一杯抱きしめ、そして崩れ落ちた。
「いやああああ」
私の叫び声が、降り落ちる雨粒の隙間に鳴り響いた。
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