第16話 同級会

「私なんか、もうどうでもいいです。家族もボロボロだし、私もボロボロ。もうほんと、どうでもいいです」

「まあ、そう言うな」

 今日も私はマコ姐さんと二人で、深夜の深酒をかっくらっていた。いつもの、繁華街から少し外れた高架下にある、朝四時までやっているホルモン焼き屋のカウンターだった。

「借金は山のようにあるし、親父は働かないし、もう、ほんとどうでもいいですよ。こんな人生。もう早く誰か殺してくれ」

 私はもうかなり呂律も怪しげな舌で叫んだ。

「ほんとやってらんないっすよ」

「まあ、まあ」

 私は最近、酒を飲み始めると、とことんまでいかないと止まらなくなっていた。

「この前、高校の同級会の案内が来てたんです。私、高校中退なのに、みんなともそんなにうまくやってたわけじゃないのに、ちゃんと私も誘ってくれたんですよね」

「おお、行ったらいいじゃない」

「行けないですよ」

「行ったらいいだろ」

「でも・・」

「仕事のこと気にしてんのか」

「・・・」

「この仕事は立派な肉体労働だよ。誰にも卑下かすることなんかないさ」

「でも・・」

 私は視線を落とした。

「あたしも前は大企業で総合職してたんだぜ」

 マコ姐さんがそんな私を見た。

「えっ、そうだったんですか!」

 初めて知った。今まで散々飲みに行ったが、マコ姐さんの過去の話を聞くのは今日が初めてだった。

「そうだよ。これでも年収二千万くらいは稼いでたんだぜ」

「すごい」

 マコ姐さんが、全く別人のように見えた。

「でも、それじゃなんでこの仕事に?」

「いい子がいたんだよ」

「いい子?」

「目がさ、私を求めてたのよ」

「目が?」

「こう、クリクリっとしててさ、あなたしかいないって。あなたがいないと生きていけませんてさぁ。子犬が見つめる見たいに私を見つめるわけよ」

「はあ」

「それにガツ~ンとやらちゃったわけよ」

「ああ、要するにホストですね」

 私は合点がいった。

「うん」

 マコ姐さんは少し笑った。

「ホストってそんなにいいですか」

「まあ、やっぱな」

 私も一回、よりちゃんに連れられてホストクラブへ行ったが、何がいいのか全く分からなかった。軽薄そうな男たちが、軽薄な言葉を並べ立てるだけで、私には退屈以外の何物でもなかった。あれに人生が壊れるほど大金を投ずるのだから、私には更に分からなかった。

「もう、はまりにはまって、借金地獄。会社にまで電話掛かってくるし、自宅に借金とりの怖いお兄さんたちは来るし、大変だったよ。それで仕事終わった後に、風俗で働き始めたわけ。それでも、借金返せなくてな。しかも、さすがに会社にばれて、退職金で返済しろって言われて離職。職も社会的立場も、全部失ったな」

「へぇ~、壮絶ですね」

「しかも、うちは結構厳しい家庭だったのよ。父親は大学の教授だし、母親は何とか流の華道の家元だし、弟は歯医者。妹はバイオリニスト。親戚縁者は医者とか弁護士とか、大企業の重役とかそんなんばっかなのよ」

「へぇ~」

「だから、もう風俗で働いてるってのがばれたら、親だけじゃなくて、弟妹、親戚縁者ことごとく全部から縁切られてさ」

 マコ姐さんは笑いながら話す。

「それでしかも高校もさ、ものすごい名門のお嬢様学校だったりするのよ。キリスト教系のさ」

「へぇ~、そうだったんですか」

 今のマコ姐さんからは想像もできなかった。

「それで、同級会があってさ」

「行ったんですか!」

 マコ姐さんはうなずいた。

「もう、あたしが会場に入った瞬間し~んとなるわけよ。みんな知ってるわけ。私が何やってるか」

「またみんな医者とか弁護士とかさ、どっかのIT社長の奥さんとかさ。そんなセレブな立場になってたりする連中ばっかでさ。しかも、結婚するまで処女は当たり前みたいなさ。そんな連中なのよ」

「それでどうしたんですか」

「別に」

「別に?」

「気にしなかったさ。そのまま一番目立つ先生の隣りに座ってやったよ」

「かっこいい」

 私は感嘆と共に、大笑いした。

「でも、何がいいんですか。あんなの。私には全く分からないです」

「まあ、お前も好きな男ができれば分かるさ」

「う~ん・・」

 好きな男なんて・・、私には全く想像もできなかった。

「身も心のとろけるようなさ。もう何しても良いって、何されても良いって、そう思えるんだよ」

「はあ・・」

 やっぱり私にはさっぱり分からなかった。

「どんな人だったんですか」

「それがさぁ」

「はい」

「もう典型的なダメ男。ほんと、ダメな奴でさ。浮気はするわ。滅茶苦茶稼いでんのに、金遣い荒くて借金まみれだわ。もう最低」

「さんざん貢いで貢いで、その借金私が払ってさ。その挙句の果てに殴る蹴るだよ」

「無茶苦茶ですね」

 私は思わず笑ってしまった。

「なんで女ってのは、ああいうダメな禄でもない男に惚れちゃうんだろうな」

 マコ姐さんも自分で笑っていた。

「ま、でも後悔はしてないよ。全力で惚れ抜いてやったからな」

「マコ姐さんらしいです」

「そうか。ははははっ」

「そのホストは今何やってるんですか」

「さあな。今も別の女ひっかけておいしくやってるか、地獄に落ちてるか・・、まっ、どっちみちろくなことにはなってないな」

「でも、意外ですねマコ姐さんにそんな過去があったなんて」

「まっ、人生いろいろさ」

 マコ姐さんは大きく眉を上げて達観したみたいに私を見た。やっぱりマコ姐さんといると元気が出た。

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