第11話 男
あれから何とか、働きに働き、入院費用などもろもろの医療費はなんとかぎりぎり、滞納を重ねながらも払うことができた。
「おい、愛美ちょっと小遣いくれないか」
父は私に媚びるように言った。
「千円でいいから」
卑屈な表情までして私を見る。
父は退院し家にいた。もう自分で歩くことも出来たし、体もほとんど良くなっているはずだった。足も手術とリハビリのおかげで、また普通に歩けるようになっていた。
「なっ、千円でいい」
「自分で働けよ」
「五百円でいい」
「働け」
「頼む」
私の前で手を合わせ、親父は拝む真似をした。そんな父の卑屈な姿勢に虫唾が走った。
「働け」
「まだ足が痛むんだ」
「この前酒に買いに行く時、走って行ったじゃねぇか」
「あん時は急に調子が良くなったんだ」
「うそつけ」
「なっ、頼む」
「お前、娘に働かせて恥ずかしくねぇのかよ」
「父さんだって辛いんだよ。娘に食わせてもらっている男親の悲しさ。お前にもいつか分かる時が来る」
「ぜってぇ、来ねぇよ」
「なっ、頼む。千円、たった千円でいいんだ」
「父親としてのプライドは無いのか」
「無い」
親父は断言した。
「何威張ってんだよ」
「頼む。なっ。これが最後だ」
「いつも、最後、最後って言ってるだろ」
「頼む。今回はほんと最後」
「おら」
私は財布から千円札を取り出すと、親父の手に叩きつけるように渡した。
「もう一枚」
父は私を見て、また手を合わせた。
「・・・」
父は卑屈に私を見上げる。
「おらっ」
私はもう一枚叩きつけるように渡した。親父はその金を持って、嬉しそうに表に出て行った。多分、また角の酒屋へ酒を買いに行くのだろう。
「はぁ~」
私は大きなため息をついて、その場にうなだれた。
最近、心の奥の何か大事な感覚が麻痺してしまっていると感じる。もう感覚もないほど、慣れたくもないこの仕事にも慣れてしまった。
「あっ、先生」
「あっ、双子石」
部屋に入ってきたのは数学の桐嶋だった。いつも身なり良く、キリッとノリのよく効いたシャツにニットのベストを着て、頭をこれでもかと、ねっとりがっちりきっちり固め、いつも気取って、生徒を見下している嫌な奴だった。生徒からみんなに嫌われていた。
「お前こんなとこで何やってんだ」
「先生こそ」
「お、お、俺は見回りだよ」
「見回り?」
「そうだ、お前みたいな不定の輩を取り締まっているんだ」
そう言いながら、桐嶋はもう服を脱ぎ始めていた。
「お前が高校を辞める時、こういう人間になると先生は思っていたよ」
そう言いながら、どんどん服を脱いで行く。
「だいたい、ドロップアウトした人間の行きつくとこは決まっているな」
桐嶋は私を見下したようにそう言いながら、服を全て脱ぎ終わると、それを几帳面にきれいに畳み、慣れた調子で風呂場へすたすたと勝手に歩いて行った。
「・・・」
桐島は超がつくほどのマザコンで、それが基でお見合いをことごとく失敗したともっぱらの噂だった。だから四十近くなっても未だに独身だった。
「どうせ、ブランド物のバックかなんか欲しかったんだろう」
桐島は風呂場のスケベイスにどっかと偉そうに座ると、見下すように私を見た。
それからあれやこれやと、説教めいたことを偉そうに言いながら、
「やっぱり学歴の無い人間は碌な人間にはならんな」
と、最後にまた堪らなく偉そうにそう言って、結局三回もやって桐嶋は帰っていった。
桐島は自分の出身大学が自慢で、授業中もやたらと低学歴の人間をバカにしていた。
「二度と来るな」
桐島がドアを閉めると同時に私は思わず、叫んでいた。
しかし、それから桐嶋は毎日やって来た。
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