第10話 終わらない要求
父の容態は日増しに良くなっていった。
「これなら、もうすぐ退院できそうですね」
若い看護婦さんが明るい笑顔で私に言った。
「そうですか。ありがとうございます」
父の手術は無事成功し、もう立ち上がれるまでになっていた。
「いい娘さんですね」
看護婦さんが、父の方を向いて笑顔で言った。私はどんなに忙しくても必ず毎日見舞いに来ていた。多分それを見ていたのだろう。
「ふん」
父はそれには答えず、ベッドの上でふてくされていた。酒を飲まさないことが気に入らないらしい。
「ほんとバカですから」
私がにこやかに看護婦さんに言うと、看護婦さんは、ふふふと笑って病室から出て行った。
「ほらっ、リハビリの時間だぞ」
「俺は父親だぞ」
「だからなんだよ」
「父親にはもっとやさしくしろ」
「やさしくしてるだろ」
「してない」
「立てるんだからどんどん歩く練習しないと、回復が遅れるってお医者さんも言ってただろ」
「虐待だぞ」
「なんでだよ」
「虐待だ」
「いいから立て」
しかし、父はふてくされたまま、全く動こうとさえしなかった。
「全く」
子供より質が悪かった。
「はあ、疲れるなぁ」
ため息が漏れた。ほんとに心身ともに尋常じゃなく疲れた。
家に帰れば帰ったで、心を病んだ母がいた。
とりあえず、極端にふさぎ込むことはなくなったが、母は、以前よりもさらに熱心にあの巨大な仏壇の前で祈るようになった。それは、寝食を忘れるような勢いだった。
「母さん、体壊すよ」
そう言っても、私の声が聞こえているのかいないのか、一心不乱にぶつぶつと何かを呟きながら祈り続けている。
「・・・」
あれから何があったのか、私には推し量るすべもなかった。あの三百万もどうなったのかすら分からなかった。
「・・・」
最近では昔の母の面影すらも、私は思い出せなくなっていた。私が幼い頃の母は、よく笑う明るい人だった気がする。
あの時の母は、もうここにはいない。それを思うと、私は堪らなく悲しくなった。
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