第3話 バイト漬け
今日も疲労と眠気と戦いながら、朝まで深夜の道路工事に私は立った。
「ふうっ、どんだけ溜まってんだ」
夜勤明け、私はゴミ屋敷と化した自分の家を片付けていた。バイトバイトでヘロヘロだったが、とにかくこの惨状を何とかしなくてはならない。ゴミはゴミを呼ぶ。近所の人だけでなく、遠くからわざわざ、うちにゴミを捨てに来る奴までいた。疲れた体に鞭打って毎日少しづつだが、ゴミを集め、部屋を片付け、溜まったゴミを捨てて行った。
「おいっ、手伝え」
素知らぬ顔で家から出てきた親父に私は怒鳴った。しかし、親父は、聞こえない振りをして足早にどこかへ行ってしまった。
「まったく・・」
私は怒りを通り越して呆れ果てた。
「あっ、なんか飛んでる」
電車の窓の外にスーパーマンが飛んでいた。夜勤明けのバイト帰り、私は幻覚を見た。私はバイトを殆ど寝る時間もないくらい、限界ギリギリまで入れていた。
「マジ死ぬわ」
でも、バイトを減らすわけにはいかなかった。滞納していたのは電気料金だけではなかった。ガスも水道も、健康保険も税金も年金も、更にカティの家族からは、毎週のようにお金が足りない足りないの手紙が舞い込んでいた。
「母さん、ご飯も食べないと」
私は母の体のことが心配で、毎日疲れた体を奮い立たせ、夕ご飯だけはがんばって手作りしていた。しかし、母は、いつも山ほどの精神薬を飲むのが精いっぱいで、ろくにご飯も食べられない状態だった。
母は、テーブルを挟んだ私の向かいで、目をトロンとしたまま、ボケっと食卓に座って呆けていた。
「・・・」
私はそんな母に何をしてあげることも、どうすることもできなかった。
「飲み過ぎだぞ」
父は相変わらず、篠屋のカツ弁当だけを食べ、ひたすら酒を飲んだ。
「酒は栄養だ」
「野菜も食え」
「カツを食ってる」
「カツは思いっきり肉だろ」
「豚は野菜を食ってる」
「死ねっ」
もう話していても疲れるだけだと観念して、私は自分の食事に専念した。
「ふぅ~」
私はいつものように深夜の道路工事に立っていた。
「一体こんな生活がいつまで続くんだ」
先のことを考えると、私はもういろんな意味でクラクラした。このままいったら、いくら若いとはいえ、確実に死ぬな。私は思った。
その時、一台のベンツが近づいてきて私の真横に止まった。
「すいませ~ん。ここ車止めないで下さ~い」
私が叫んで、誘導棒を振るのだが、全く動く気配も動ずる気配もなく、そのままゆっくりと後部座席の黒塗りの窓は開いて行く。
「あのぉ~」
そこから顔を覗かせたのは、男はつらいよに出てくるタコ社長そっくりのコミカルな顔をしたおっさんだった。
「おねえちゃんなら、もっと稼げる仕事あるよ」
おっさんはちらちらと私の胸を見た。私の胸はGカップあった。
「良かったら電話して」
タコ社長は一枚の名刺を私に手渡し、去って行った。
「浅野企画?」
私は名刺を見て、思いっきり眉根を寄せた。誰が見ても怪し過ぎるほど滅茶苦茶怪しかった。
「誰が電話するか」
と思った私だったが、次の車も来て、捨てる場所もなかったので、そのままポケットに入れた。
ピンポ~ン、ピンポ~ン
ある日、バイトから帰ってすぐ、また玄関のチャイムが激しく鳴った。ちょっとでも寝たかった私は重い体を持ち上げ玄関のドアを開けた。そこにはまた、見も知らぬ男が立っていた。
「あの返済が滞ってまして・・」
男は、まじめなサラリーマン風の腰の低い感じの人だったが、目の奥にやはり言いようのない凶暴さを宿していた。
私は首を傾げた。借金は今、滞りなく支払っているはず。
私はまた、酒を飲みながらナイターを見ている親父の下へと走った。
「何で、借金返してんのにまだ来るんだよ」
「家のローンが残っているからな」
また親父は平然と言った。
「何年だよ」
「後、三十年くらいかな」
「ほとんど残ってんじゃねぇか」
次の日、銀行に行って相談すると、まだ二千万以上残っているとのことだった。
「家を売るしかないね」
担当者は冷たく言った。
二千万なんて、バイトでどうにかなるレベルの額じゃない。いろんな支払いも重なって、バイトを重ねてもさすがにもういっぱいいっぱいだった。
「この家から出たくない」
私がこの家を売ることを相談すると、母は断固として反対した。
「でも、お金が無いのよ」
「あの子の魂が帰ってくる場所がなくなってしまう。あの子の思い出がいっぱい残っているんだよ」
母は目に涙をいっぱい溜めて、私にすがりつくように迫った。
「・・・」
私は、そんな母に何も言い返すことが出来なかった。
私は更にバイトを増やした。もう寝る時間は完全になくなった。
ある日、私はぶっ倒れた。人間は十日なら眠らなくても生きていけることだけは分かった。
しかし、家を支える私は倒れているわけにもいかなかった。私は立ち上がった。
「あっ」
しかし、立ち眩みがしてその場にへたり込んでしまった。
「やっぱ、無理だ・・」
その時、机の上に無造作に置かれていた名刺がふと目に入った。
「浅野企画・・」
私は何も考えられぬままふらふらと、あのタコ社長に電話をしていた。
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