第64話

 路地を駆け抜けた友里は、息も絶え絶えに交番へと飛び込んだ。

 驚く巡査を他所に友里は口を開く。


「助けてください。佐護と名乗る吸血鬼に追いかけられました。」

「は、はい。安心してね。お兄さんが守るから。」


 巡査は一瞬だけ驚くが、顔を引き締めて優しげにそう言う。

 そして、無線で応援をよぶ。


 友里は、激しく鳴り響く心臓を必死に押さえる。


______これで、大丈夫……?


 パイプ椅子に座り込み、痛みを訴える足を確認する。友里の足は少しだけ擦りむいていたようで、うっすらと血が滲んでいる。

 傷口がヒリヒリと痛んでいた。


 ふと、友里は、矢筒を捕まれたことを思い出す。


 背負っていた弓と、裂けた矢筒を下ろし、それぞれ確認する。


 弦を外したグラスファイバーの弓。袋は少しだけ汚れていたが、弓自体には傷も汚れもないようだ。


 ただし、矢筒は酷い。布の部分が大きく裂けてしまっているため、矢筒に残っていたのは、羽が少し曲がってしまった矢が二本残っているだけだった。


 友里は思わずため息をつく。


「せっかく買ってもらった物だったのに。」


 その時だった。


 視界の隅に、見たくもないものが写り混む。


 パーカーを着て、目元をオペラ座の怪人のような白いマスクで隠した男性。右手にはもちろん、使い込まれたナイフが握られている。


「……っ!!」


 友里は、目を大きく見開いた。


「お兄さん!!来た!」

「えっ、う、嘘だろ!?発砲許可がまだ降りて無いよ!」


 友里の叫び声に、巡査はあわてて無線に声を吹き込む。しかし、反応はどう聞いても芳しくない。


 そんなことをしている間に、だんだんと佐護はこちらへと近づいて来る。


______まずい、まずいっ!!


 友里の頭を、『恐怖』が支配する。

 パニックになりそうな頭を、必死で宥め、おさえ、目をきつく閉じて考える。


 そして、目を開き、動いた。


 弓をつかみ、弦をはる。

 時間をかけることはできないのでどうしても張りが甘くなってしまうが、どうすることも出来ないので、直ぐに諦める。


 そして、羽の曲がってしまった矢を手に取る。


「ちょっと、君!?」


 巡査は、慌てた声を出すが、友里は気にせずに矢を見る。そして、記憶を漁る。


______矢は、ジェラミン矢。矢自体は気温や湿度であまり変化しない。ただ、矢は羽が三本揃って安定してまっすぐ飛ぶ。なら……。


 友里は羽をできるだけ整え、つがえる。


 一礼もせず、当然弓道着も身に付けず、矢掛すら身に付けず、礼儀作法もなにもない。


 が、友里は気にせずにキリキリと弦を引いていく。


______チャンスは、実質一回。競技用の矢だから、殺傷能力はほぼない。狙うべきは、一つ。


 動くを、友里は射た経験はない。

 しかし、動かない的の経験を頭で反芻し、動く的に当てるための解を出す。


 息を吐き、右手を離す。


 矢は、一直線に飛んでいき…………

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