第4話

          *****




 噂のことを、風説、と呼ぶ。

風説は文字通り、風のように飛んで広がっていく。

 魔法少女になるような子はみんな、多かれ少なかれ、風説に囚われているとも言える。

 自分の過去と向き合う、つまり見えない魔物、〈幻獣〉という残像と向き合うときに障害になるのが、他人から見られる、自分についての風説だ。

自分に映る自分の過去と、ひとに映った自分の過去は違うし、風説は広がるにつれてその説のかたちを変えていく。

「風に消える」こともあるけれども、みんながみんな忘れるというわけじゃないのだ。

世間の目はときとして何度もよみがえる。

汚名の挽回ができないってこともある。

 魔法少女が言語野とともに認知に問題が生じるのは、その負荷に耐えられないからでもあるのでないか、と思う。

認知の関係で、ひとより先に、魔法少女たちは自分自身を見失う。

記憶がなくなっていく。

 かなしいけれども、それは今のところ、どうにもならない。

 だから、ボクは、戦ってる魔法少女の応援に駆け付けることをしている。

 自分の過去の残像と向き合えずに見えない魔物に負けないように、初心者魔法少女のサポートをしているのだ。




 学生寮で同室の生徒会長・にゃーこ会長は〈感知〉の能力を持つ魔法少女だ。能力名〈カナリア〉。

にゃーこなのにカナリアってどういうことって思うけど、猫もカナリアも危機察知能力は高そう。

知らないけど、なんとなく。

 にゃーこ会長は、一年生で生徒会長に当選するという、高等部初の快挙を成し遂げたひとだ。

そんなひとがなんでボクと同室なんだろう。

「なぁに一人で考え込んでるの」

 満面のスマイルでにゃーこ会長に言われると、ちょっと怖い。

にゃーにゃー懐っこいけれども、にゃーこ会長はあまりしゃべるようなタイプではないのだ。

部屋ではごろごろしているのがほとんどだ。

それで成績優秀なのだから、天才肌なのだろう。

勉強は放課後に図書室でやっている程度なのに。

すごいなぁ、にゃーこ会長。

 にゃーこ会長は魔法協会の偉い人の娘だ。

魔法協会は変な組織だけれども、全世界に支部がある。

ここ、羽根月学園は特に、この国での重要な場所らしい。

龍脈という、一種のパワースポットの上に学園が建っているらしく、異常なことが起こりやすい、という。


「ねー。なに一人で考え込んでるのよ?」

 ボクの肩を揺さぶる会長。

「むぅ。今、センシティブな問題を考えていたんだよ」

「嘘だー」

「嘘だよ」

 嘘つきと呼ばれたボクが嘘という言葉を聞いて平常心を保てるようになるのは、今もって難しい。こういう軽いノリのときでさえ。

でも、にゃーこ会長はきっと悪意を持って言っているわけではないのだから、大丈夫。

ボクもうまく返せたと思う。


 ここは学生寮の、ボクと、にゃーこ会長の部屋。

二人部屋で、二段ベッドと机が二つ並んでいるつくりになっている。

簡単な流し台やトイレがある。

お風呂は共同だ。

 部活が終わって、部屋に戻ってきたところ。

先に休んでいると生徒会を終えたにゃーこ会長が部屋に戻ってきた。


「そろそろ夕飯ですのじゃ」

「会長、キャラブレしてますよ」

「わたしはキャラブレなんてしねーのよ? な?」

「そうですか……」


 二人で食堂に行く。

そしてカレーを食べる。

サラダとスープ付きだ。

 即座に食べて部屋に戻る。

会長に帰るのをせかされたからだ。

「たまには自分で料理もしたいのよね」

 会長はいっぱいになったおなかをさする。

「わがんねけんども、もっと食べてぇべぇ」

「はいはい」



 部屋に戻って、二段ベッドに乗る。

会長は二段目。ボクは一段目。


軽く会話が始まる。


「会長、忙しいのに」

「な? 一緒につくるのよ。カレー」

「カレー食ったばかりなのに、もうカレーつくる話ですか」

「それな! わたしの〈カナリア〉がカレーだ、と感知してんのよ」

「……それは」

「どうもこうも、今夜もマジカルまりんは人助けに行かないとならないみたいなのよ」

「カレーというのは」

「きっとカレーの魔法少女が困ってんじゃね?」

「それはないと思う……。なんですか、カレーの魔法少女って」

「インド由来の日本の家庭料理的な魔法少女なのよ?」

「設定もなにもないな、会長! てきとーなこと言わない!」

「うにゅにゅにゅにゅ。家庭料理をつくる過程をシミュレートするのよ」

「今日の宿題もやらなくちゃ」

「おっと、忘れてたのよ。まりんが今日描いた漫画を見せて」

「唐突だなぁ。いいですけど、ありあ先輩にぼこぼこに叩かれたんですよー」

「いいからいいから。減るもんじゃねーしな」

 二段ベッドの二段目から飛び降りてきて、にゃーこ会長はボクの机の上のノートを手に取る。

うにゅにゅにゅにゅ、とはしゃいでいる、にゃーこ会長。

ノートはネーム帳に使っているもので、ボツになったネームがわんさか書いてある。

「どりどりぃ、わたしに見せてごらんなさいな」

 ベッドの一段目にいたボクは身を起こして、自分の机の椅子に座る。

木製の椅子が軋む。背もたれに身を預けつつ、隣の自分の机に座ってネームを読む会長を、ボクは見る。

 楽しそうな顔だ。

ありあ先輩がたまに喜んでくれるのも大好きだが、にゃーこ会長がボクの漫画で喜んでくれるときの嬉しさって言ったら、この上ない。

ボクは会長が好きだ。ありあ先輩だって好きだけど、でも、会長も好きだ。

優柔不断なのかな。ボク、今、おかしなことを考えていることになるのかな。


「うにゅ。なにじっとわたしの顔を見てるのさ」

「ん。にゃーこ会長の顔を見てたい」

「ちょっと照れるのよ? でもどうせありあ先輩にも同じことを言ってるんでしょ。まりんは自分のことが好きな子はみんな好きになっちゃう子。誰でも大好き、っていう奴なのよ」

「う……」

「図星なわけなのね。いーのよ。まりんってば、そういう子なの知ってるから」

「そういう子……」

「それ以外にどう形容するのさー」

 椅子に座ったまま、上半身をボクの方に向ける会長。

「一年生ですでに生徒会長のわたしと、美術展覧会常連の女子高生アーティストという、学内有名人の二人に手をかけてる。ボクっ子のまりんちゃんは、どっちを選ぶのかにゃー」

 伸ばした手で脇をくすぐる。

ボクは身体をのけぞらせて笑ってしまう。

「い、いきなりなにするんですか」

 くすぐるのをやめた会長は、猫ひげを引っ張るような仕草をして、

「たーんと食べて寝て、ごっさ明るくなるのよ」

 と、ゆっくりした口調でボクに言った。

「ゆっくりふわりと、漫画を描くといいのよ?」

「はい」

「じゃ、ボツ原稿読むわぁ」

「あ! やっぱりらめえぇ」

「ふふふぅ。やめないもんねー」

「ダメなのー」

「そのベタな反応がたまらないのよ?」



 二学期が始まって秋が深まるころ。

ボクらはいつものように過ごしている。


 そして夜。


会長の〈カナリア〉が感知した先へ、ボクは一人向かう。

〈カナリア〉は一種の予知能力で、なにが起こるかおぼろげにわかるらしいのだ。

予知は当たりやすい。

今日もどこかの魔法少女がピンチになるらしい。

カレーの話とは、そのことだ。

ボクが助けにいかなくちゃ。



「わたしのプレコグ(予知能力)は実戦で役に立たないのよ。ごめんね、まかせちゃって」

「大丈夫だよ。それじゃにゃーこ会長、魔法少女を助けに行ってきます!」



 魔法少女まりん、今日も困っている魔法少女の手助けに行く。

ボクの使命なのだ!




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