雪下兄弟

kattern

プロローグ

 ――視界一切。


 目に入ることごとくを朱色に染めて俺は天に慟哭した。


 ――死屍累々。


 不完全燃焼。茜色の炎を羽織って倒れる死肉を俺は睨んだ。


 ――本質的性。


 溶けた鉄のような赤銅の肌が冷めた空気を炙る。

 耳障り。虫の羽音のようなそれは、俺の鼓動を乗せていた。


 ――此世地獄。


 吸えば肺腑をも焼く俺の放つ瘴気。殺気。狂気。

 それを逃れた迷彩服を着た陸上自衛隊の兵たちがこちらに銃口を向ける。


 アサルトライフル。型式は覚えていない。

 陸上自衛隊はそう種類を使わない。

 お前でも覚えられない量ではない。

 アイツはそう俺に言った。


 そんなものを覚える気もなかったし、覚えたくもなかった。


 戦うのならば覚えておいて損はないとティーチャーも言った。

 けれど、覚えたくなかった。


 俺はひとだ。

 赤銅の肌をして、人を焦がす息を吐き、たとえ地獄に立っていても。

 俺はひとなのだ。


 アサルトライフル。銃尾機関部に取り付けられたスコープが俺を捉える――より早くその銃口が光った。めくら撃ち。迫る回避不能の死の恐怖に、もはや平常心を失った彼らは、ただただ、死の恐怖に怯えていた。


 国を守る規律も、意思も、姿勢も、決意も。

 全て、俺の恐怖が焼き切った。


 飛んでくる鉛の塊は、俺の体の周りを漂う熱気に蕩けた。

 真夏のなかなか固まらないアスファルトのよう。灰色をしたコンクリの床の上に落ちて――なお、溶ける。微かにコンクリの床も波打っているように見えた。


 気泡をあげて沸騰する真鍮の中から流れ出た鉛。

 それが気化するより早く。


 ――嗚呼阿唖!!


 再び俺は天に吼えた。


 視界はすべて燃えている。


 救いは――ない。


 ――此世地獄。


 身体いっさいが乾いている。

 しかし何よりも心が乾いているのを俺は感じていた。


 向かって来る自衛隊員の群れを焼き殺しながら。

 いや、この世から蒸発させながら。


 自らも理性も知性もなにもかもを蒸発させながら、ただ感じた。


 予感がある。

 俺はきっと、真夏の路傍に躯を晒す、蟾蜍のように死ぬだろう。


 化け物の死にざまにしては上等だ。


 もっと無様に死ねたなら。

 もっと楽に死ねるなら。


 ――唯々地獄。


 とっくに自分で死んでいる。死ねない理由が俺にはあった。

 故に。


 ――視界一切。


 俺はすべてを焼く。

 この身で焼く。


 すべてを焦がし、溶かし、蒸発させ、塵芥に還す。


 俺はバケモノだ。

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