山明高等学校本校舎C棟三階隅の空部屋で行われる数学部の活動内容とは。
@YuriPosition
山明高等学校数学部活動顧問宮下の五年前の記憶
少し濁りが入った甲高い音が響き渡る。5匹程のアブラゼミが輪唱している中に、ツクツクボウシが指揮を執るかのように精一杯声を張る。ホーシツクツク、ホーシツクツク。しかしアブラゼミは気が変わったかのようにピタリと演奏を辞め、指揮者だけが取り残された。
「いや、もう少し付き合ってやれよ」
黙々と読んでいた本から顔を上げて、晴天の空に向かって思わずツッコミをいれると、カリカリとシャーペンをノートに走らせていた彼女も顔を上げ、心底訝しげな目をこちらに向けた。
「何言ってるの?」
「観客として忌憚なき意見を投げかけただけだよ。ところで解き終えた?」
犯罪者を見るかのような目つきはこちらを数秒見たあと、また目の前のノートに向けられる。黒鉛の軌跡が止まらずノートの端まで辿り着き、シャープペンシルは軽い音を立てて机に置かれた。
「くだらない引っ掛けじゃないの。気付けば簡単よ」
「なんだあ。少し期待したのに」
勢いよく背もたれに体重を預け、椅子の前脚を少し浮かせる。それを見て行儀が悪いとため息を零す彼女の首筋には汗の玉が浮いていた。C棟の三階の隅の空き部屋。クーラーは付いておらず、勝手に持ち込んだ扇風機だけが頼りのこの部屋には2人しかいない。数学部全員で行う、夏休み最後の活動だった。
「で、なんでこのクソ暑い中おんぼろ扇風機頼りに活動してんの僕ら」
「活動予定にそう書いたからよ。あなたにも渡したでしょ?」
「そこに書いてあったからここに来てるわけだし。にしてもさー」
「ごちゃごちゃうるさい」
数学部の活動の1つ。名付けるとすれば問題合戦。片方が問題を作り、片方がそれを解く。解けなければ負け。しかし、成績がとにかくよろしい彼女はともかく、頭の出来がそこまで良くない僕は解けず作れずと負け越しの日々であった。そして白星をまたひとつ重ねた彼女はコピー用紙に書かれた問題をゆっくりと指でなぞり、ため息をつく。
「目の付け所はよかったわ。数列の問題としてテストに出されたら出題者にパイを投げつけるくらいの出来だった」
「よくわからない評価だな。褒め言葉として受け取っておくよ」
「今ここにパイがないことをこんなにも悔やむとは思わなかったわ」
「貴重な経験だね。よく覚えておくといい」
「ああ言えばこう言うわね……………」
ため息を吐きながら彼女は今しがたといていた問題に赤ペンを引いていく。ダメ出しでなく改善。より良い問題になるように。これもまた問題合戦の流れだった。僕が必死に絞り出した引っ掛け問題は真面目を地で行く正統派の問題へと生まれ変わり、難易度は格段に跳ね上がっていた。
「……………そこにそう誘導をつけるのかあ」
「ええ。引っ掛けも、きちんと誘導をつければ変哲のない問題になるもの。着想は悪くなかったし、いい問題だと思うわよ?」
「ボコボコに改変しておいてそれを言うのかね」
少しいじけながら野次を飛ばすも彼女はそれを真に受けず、カバンをからクリアファイルを取り出した。たしかに次は彼女が出題する番だ。しかし、教室の前をちらとを見やると時計は短い針が4を指している。部活動の終了予定時刻。
「なあ」
「この問題はね」
「ん?」
「私は作ってないの」
その紙を僕の前に置いた彼女はそのまま荷物を纏めて部室を出ていった。
「……………なんだって?」
思わず漏れでた疑問は教室に小さく共鳴して消えた。
そして、彼女は学校へ来なくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます