神の現世見聞録

楸白水

序章

序章 はじまりの挨拶


 ようこそお出でくださいました。


 貴方も何かを祈りにここへ訪れたのですね。我が神は性格こそ自由奔放な方ですがとてもお優しい方ですので、きっと今も耳を傾けて下さってると思いますよ。

 そういや近年ではパワースポットなる流行のおかげでこの神社に訪れる方も増えましたね。嬉しい限りです。


 ああ、失礼しました。私はここにおわします神の使いにございます。元は百舌もずという鳥でした。

 見ての通り、この社は大きくはありません。しかし、我が神の力は信頼してください。きっと良い縁を結んでくださるでしょう。


 まあ、余計なものも結んでしまうかもしれませんが。


 さて、貴方は何を祈っているのでしょうかね。

 私はただの使いですので人々の願いは神のみぞ知るところでございます。


 この後は境内を散策なさってはどうでしょうか。広くはありませんが、ここだけは昔とさほど変わらない自然の匂いがしますよ。樹木も、池も、皆我が神の息吹と共にありますので。


 もう帰られるのですか。残念です。

 貴方は“普通の”方だったのですね。

 いえ、お気になさらず。帰りはお気をつけて。









 時は現代、4月の終わり。

 強い風が木々を揺らす音だけが聞こえます。私は先程の参拝者が去っていった方向をただぼんやりと眺めていました。

 こうして日々私は参拝者と向かい合うように拝殿の軒下にある賽銭箱の後ろに座り込んで、人々が何かを願う顔を眺めてはつい声をかけてしまうのでした。


「またそなたは語りかけておったのか。聞こえもしないくせにの」


 すっ、と私の背後から影が伸び、私の視界が暗くなります。見上げるとそこには楽しそうに私を見下ろしている御眼と合いました。


「おはようございます、ミコト様」


 ミコト様、というのはただの私の勝手な略で、本当の名前は私には難しくて覚えられないのです。そしてこの方こそが私の使える女神様であり、人々の間では縁結びの神として知られているとのことです。


「今日もいい天気じゃが、風が少々強すぎるかの」


 ざあざあと今も唸りを上げるかのように生温い風が駆け抜けていき、ミコト様の御髪も乱されてしまいました。けれどこの方は意にも介さず堂々と立ち、先程まで私が見詰めていた先を同じように眺めて微笑んでいます。

 まるで生きているかのようにうねり、踊るその長い漆黒の髪の一本一本さえ尊く美しい。


「ここでこうして人々が拝む顔を見ていると、どうしても話しかけてみたくなるのです」

「まあそなたの気持ちも分からなくもない。ここは“縁結び”の神社だからの」

「縁結び…」

「何も結ばれるのは人同士の色恋だけではない。

 人と人ならざる者との縁を持つ者、望む者。ここには不思議とそういった者が集まってくるようじゃ」

「それはミコト様がそういった者がお好きだからですかね」

「呼び込んではないぞ」


 ミコト様は少しむくれながら、しかし楽しそうに言葉をつなぎます。


「しかしどんな者であろうとも、心揺さぶる出逢いというものは尊いものじゃ。

 わらわはこれからもそんな者たちの話を聞き手を差しのべる存在でありたいのう」

「お戯れも良いですが御自分の仕事もきちんとこなしてくださいね」

「そなたもなかなか言うようになったの」


 こつん、と爪先で背中をつつかれてしまいました。すみませんと笑って謝ればミコト様も満足そうに笑い、そっと私の横に腰を下ろし参拝者の傍観の再開です。


 …これはミコト様と私が人と人、そして人と“あやかし”と呼ばれる人ならざる者との縁を繋いでゆく物語でございます。

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