第六章 紅玉は砕けても輝く
第六章 紅玉は砕けても輝く①
事務所と交渉をした三週間後、その月の末日にハッピープリンセスはエンジェルハートから独立することになった。その日は丁度ライブの予定が入っていた。
ステージで歌い終わって、わたし達はいつもみたいに五人で並ぶ。いつもの終わりの挨拶の前に、ラピスちゃんが切り出した。
「えーと……。突然の発表になってしまうのですが、わたし達、ハッピープリンセスは長年お世話になったエンジェルハートから、今日をもって独立することになりました」
フロアから「えー!」という驚きの声があがる。
「事務所には本当に長い間お世話になって感謝の気持ちしかありません。わたし達をいつも優しく見守ってくださった仙崎社長、面倒を見てくださったマネージャーの鈴本さんを始め、事務所の皆様、本当にありがとうございました!」
わたし達は五人そろって深々と頭を下げた。
「でも、わたし達五人は『わたし達らしさ』を追求していくために、事務所を離れて自分達の道を進んでいくことに決めました」
今はフロア側の照明も点いているから、ファンのみんなの顔が一人ひとり見える。びっくり、不安、心配。そんな表情が広がっていた。
「わたし達五人は変わらず、地に足を付けてしっかりと活動していきたいと思っています。信じてついて来てもらえたら嬉しいです。よろしくお願いします」
もう一度頭を下げたラピスちゃんに続いて、わたし達も「よろしくお願いします」と言って頭を下げた。
「いきなり硬い話しちゃってごめんね。いつも応援してくれてありがとう!」
顔を上げたラピスちゃんはいつもみたいな柔らかい笑顔を浮かべる。
「それじゃあ、いつもみたいに終わりの挨拶させてください」
わたし達五人はラピスちゃんの「せ~の」に合わせて口を開く。
『みんなに幸福のジュエリーをお裾分け! わたし達、ハッピープリンセスの~』
「御園ルビー」
「月岡ラピス」
「桐生コハク」
「穂積ルチル」
「綾原ヒスイ」
『でした~! またね~!』
わたし達は手を振りながらステージを降りた。
※
事前にわたし達のSNSで予告していたとおり、この日は物販も特典会もなしにした。ヒスイちゃんのストーカー気質なファンへの対策のためだ。こんな日だからこそ、特典会で対面してファンのみんなとお話ししたかったけど、仕方ない。
そのストーカー男に対しては、泉ちゃんとコハクちゃんが出入り禁止を言い渡した。その通告の場には、筋トレが趣味で強面なライブハウスの店長さんも立ち会ってくれて、危ないことはなかったみたいだ。
ライブの終わりには鈴本さんがケーキを持ってこっそり訪ねてきてくれて、病院の仙崎社長ともスカイプをつないで、楽屋でこぢんまりした「卒業式」をした。みんなの昔話を聞いているうちに、オーディションの日のことや、由香里ちゃんがいた頃のこと、みんなが加入した日のことが頭に浮かんできて、鼻の奥がツンとした。泉ちゃんも目を真っ赤にしていたし、ヒスイちゃんはケーキを食べながらポロポロ涙をこぼしていた。
「コハクってば、後ろ向いちゃって、もしかして泣いちゃってるのかニャ~?」
「う、うっせーよ! そういうオメーこそ、目が赤いじゃねえかよ!」
そんな風に言い合うコハクちゃんとルチルちゃんを見て、みんなで笑った。
※
その日の夜には事務所ホームページの所属タレント欄からハッピープリンセスの名前が消え、わたし達のオフィシャルホームページも閉鎖されてしまった。
とはいえ、わたし達個人のSNSアカウントは残っているから、わたし達の新しい公式ページをすぐにみんなに伝えることができた。
新生「ハピプリ☆シンドローム」始動!
トップページの五人の集合写真には、そんな言葉が添えられていた。新しい衣装を着たわたし達の、新しい写真を使った、新しいアドレスの、新しいオフィシャルページ。「新プロジェクト発表!」というアイコンを踏むと、別のページがポップアップで現れる。
一、ミニアルバムのリリース決定!
二、ミニアルバムを引っ提げての東名阪ツアー開催決定!
ファンが不安にならないよう、独立後も最初から積極的なところを見せないといけないと、泉ちゃんとルチルちゃんは主張した。だから二人はフル稼働で、この日までにそのための道筋をある程度つけてしまった。
そして、改名。これについてはわたしもツイッターでファンのみんなに意図を伝えた。
「新しい道を進んでいく決意として、名前を新しくしたよ! この名前のもと、五人でがんばります。応援してくれたら嬉しいな☆」
これもある意味事実だけど、裏側の事情もある。事務所との交渉の後にファストフード店で開催したメンバーミーティングでは、泉ちゃんが頭を抱えていた。
「うーん……やっぱりグループ名は改名するしかないかなあ」
「そーしないとライブにも出れないし、Tシャツ一枚作れないからニャ」
「芸能人でもいるね。事務所を出る時に名前の漢字を変えたり、ニックネームにしたり」
ヒスイちゃんの言葉を聞いたコハクちゃんは、テーブルの上に置かれたノートに「法被威斧凛世素」と書いて得意げにニヤリと笑った。止める間もなく、ルチルちゃんがコハクちゃんの頭を強烈にはたく。
「あほナリか! ルチル達はコハクみたいな族上がりとは違うナリよ!」
「うちは族上がりじゃねえよ! 学校でちょっと反抗的な生徒だっただけだよ!」
「どっちにしろヤンキーだニャ!」
その後、ノートには「幸福のお姫様」とか「はっぴーぷりんせす」とか書かれたけど、いまいちみんなピンとこない。飽きてきたコハクちゃんが、ストローを噛みながら言った。
「もう単純にさ、『ハピプリ』とかでいいんじゃねーの?」
「コハクにしては悪くない発想だニャ。でも、なんか味気なくないナリか? うにゃ~……そうだニャ、星マーク付けちゃおっかニャ」
コハクちゃんがノートに書いた「ハピプリ」の後ろにルチルちゃんが「☆」を書き足したけど、二人そろって納得いかないような表情で首を傾げる。
「やっぱりまだ味気ない感じがするニャ」
「バランス的に、なんかこの後ろにもう一言付けたい感じかなあ?」
「うーん」
泉ちゃんとヒスイちゃんも考え込んでしまう。わたしは何も発言しないのも無責任かなと思って口を開いてみた。
「シ、シンドローム……とか……?」
なんとなく思い付いた言葉をこぼしただけだったのに、みんなが一斉にこっちを向いたので、わたしは内心で焦る。
「シンドロームって、どういう意味だ?」
コハクちゃんの疑問を、ヒスイちゃんがスマートフォンで検索した。
「えーと。日本語で言うと『症候群』だって。何か一つの原因があって、そこから生まれる一群の症状? 同時に複数で起こる症状」
泉ちゃんがポンと手を叩く。
「なるほど。わたし達って性格も趣味特技も活動理由も結構バラバラでしょ。でも、アイドルとかハピプリとかっていうものが活動の大本としてある。そういう雰囲気が出てる言葉かもしれないね」
「いいかもニャ。ファンのみんなも含めて、同時進行――シンドロームってる感じナリ」
「ふーん。まあまあかもな」
「いいと思う!」
みんなに受け入れられてしまって、お腹の辺りがくすぐったい感じがした。泉ちゃんがノートの「ハピプリ☆」の後ろに「シンドローム」を書き加える。
「決まったね。わたし達は今日から『ハピプリ☆シンドローム』としてがんばろう!」
泉ちゃんの声にわたし達は「おー!」と拳を上げた。
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