奴隷の主人
みじんこしろいな
エルフの奴隷
今日もまた、領主の館に罵声が響き渡る。
罵声、女の悲鳴。ここ数カ月この館でこれらが聞こえなかった日はないだろう。しかしこれに文句をいう者は誰一人としてない。この館には主人と無情な召使と哀れなエルフの奴隷しかいないのだから。
賢者だった先代領主が1年前に亡くなった。その地位は一人息子であった現領主に継がれた。彼は先代ほどには賢くはなかったが優しく実直な青年であった。あいにく政の才はあまりなかったが父の代から仕えた優れた家臣たち、引き継がれた民との信頼関係にうまくいっていた。
状況が変わり始めたのはとある商人を名乗る男が現れてからだ。その商人は領主に直接商品を売り込みに来た。
本来ならばそのような身元も知れない者は門前払いされるはずだが、来訪の知らせ聞いた領主はどういうつもりか招き入れた。その上商談は領主と商人の二人だけで行われた。
商人が去ったあと家臣たちはどのような取引をしたのか、あの商人は何者かを聞くが曽祖父の代から関わりのある商人の一族で、挨拶をしに来たのだとしか言わなかった。
そんな一族がいたという話は家臣の誰も聞いたことはなかった。しかし何か買った様子もなく領主も若干疲れた様子ではあったがそれ以外変わった様子もなかったのでその場はそれで収まった。
数日後、また例の商人がきたが今度は一人でなく同行者がいた。見るからに安物の外套をきこみ、フードを深くかぶって顔を隠している。しかし外装を押し上げるほどの豊満な胸のおかげで性別が女であることだけは分かった。
流石に番兵も戸惑ったが、「何も聞かずに通せ」と前もって命令されていたため通さざる負えない。
商談はすぐに終わった。商人が去った後の部屋には、項垂れる領主と鉄の首輪が付けられたエルフが残されていた。それを見た家臣たちは狼狽る。
遠く昔、エルフと人間が戦争していた時代。互いの種族を奴隷とした場合にエルフに鉄、人には蔓で首輪をすることでそれを証とした。そして目の前には鉄の首輪をつけたエルフ。これを見て冷静でいられるものなどいなかった。
まずこの国ではいかなる地位にいる者であろうとも奴隷を所持することは固く禁じられていた。もし犯した場合は最低でも終身刑、ほとんどの場合は死刑に課せられるほどの重罪。
その上、奴隷がエルフとなると問題は種族全体を巻き込んだ問題になる。
人間とエルフは特区での取引を除き互いに干渉すること自体が禁止されている。これは数億の犠牲の上に成り立った絶対の掟。破られることがあれば再び戦争が起きる。
故に奴隷のエルフは存在してはならないのだ。
家臣たちは領主へ詰め寄った。あの商人を騙る男は何者か。なぜエルフの奴隷がいるのか。いったいどのような話をしたのか。
それに対し領主の返答は「彼らは馬車でここまで来た」「この奴隷は今日からここで飼う」「詳しいことは言えない」この三言ののみ。
しかしそれでその場にいたほとんどのものには十分な説明だった。ここまで馬車で来るためにはいくつもの検問を通らなければならない。検問を通るためには乗客の顔、積荷の確認が必須となる。その際には魔術による隠ぺいが行われていないかの検査も行われ、並大抵の魔術などすぐに見破られてしまう。
もしそれらを高度な魔術などで誤魔化せたとしよう。だがエルフが住まう地域と人が住まう地域の間には強力な結界があり無断で通ることはできない。唯一の通り道である特区からの出入り口は、エルフと人の共同で最高峰の技術をもって物・人と関わらず両者の間を行き来するものは厳重な検査をされる。それらを避けてエルフを人側に連れ出し無断でここまで運ぶのは不可能と言っていい。
もしそれが可能とすることができるのはこの世界で最高位の知能を持つ2種族を欺けるほどの怪物か両種族の最高権力者が結託した場合のみ。
前者は非現実的であるため、答えは後者となる。つまり奴隷はエルフと人類の王が結託しここに送り込んだということ。詳しいことが言えないということは、この領主のみに課せられたなんらかの命令があるのだろうということは察することができる。
それから領主はこの家臣たちに対して件に関して一切の他言を禁止し、館内へ一切立ち入ることを禁じた。そして館内の召使も一新させた。全員を一斉解雇したのち二日と経たず新しい人材が見つかったところみると一新させられたと言うべきか。
それから数カ月間、領主は一切人々の前に姿を現さなくなった。巷では重病を患っただの悪魔に取り付かれただの、はたまたすでに殺され家臣たちがそれを隠しているなど様々なうわさが流れた。
現実はそのどれよりも難儀である。今日も領主は適度に罵声を浴びせ適度に暴力を振わされ、精神を摩耗させていく。
そして
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