記憶旅行でそれだけは禁止されています

ちびまるフォイ

おかえりなさい、現実

休みができたので初めて旅行代理店を訪れた。


「あ、いらっしゃいませ、佐藤さま」


「旅行をしたいんですけど。いいのありませんか?」


「でしたら、温泉などはいかがでしょう」


店員が出したパンフレットよりも先に、壁に飾られているポスターに目が行った。


「記憶旅行……? なんですか、あれ」


「ああ、これはご自身の旅行の思い出をもとに、再旅行するプランです」

「はい?」


「たとえば、昔の修学旅行の記憶をもとに、再度追体験できるんです。

 旅行後は記憶が消えますが、とても好評をいただいています」


「なんか楽しそうですね、やってみます」


「期間はいかがいたしますか?」


「えーっと、そうだなぁ」


かつての修学旅行の記憶をたどる。

たしか3泊4日くらいだった。


「4日でお願いします」

「はい。ではよい記憶旅行を」


旅行開始日に目を覚ますと、そこはバスの中だった。

今では連絡を取っていない同級生たちがひしめいていた。


「うっわぁ、めっちゃ懐かしい!!」


「……佐藤、何言ってんだ? お前ここ来たことあるの?」


「ないよ」

「だったらなんで懐かしいんだよ」


「みんなの顔が見れたのが本当に懐かしくって」


「……お前、急になんかじじ臭くなってね?」


友達には怪しまれたが、それでも旅行の楽しさは健在だった。

先生の引率にぶーぶー文句言いながらも町を見て回る修学旅行は楽しかった。


あっという間に旅程の4日を過ぎて、現実に戻ってきた。


「ああ、本当に楽しかったなぁ……あれ?」


めちゃくちゃ楽しんだ感覚はあるのに、

どこへ行ったのか、何をしたのか、誰といたのかはもう思い出せなくなっていた。


「そういえば、旅行後は記憶消えるって言ってたな。このことか」


納得ついでに、また代理店にやってきた。


「佐藤さま。いらっしゃいませ」


「記憶旅行、本当によかったです! もう一度いいですか!?」


「ええ、どうぞ。ご自分の記憶でお試しください」


今度は大学時代に行った海外への卒業旅行。

社会人になって失ったハッスル感を満喫しまくる。


「いえぇぇぇぇい!! 海だ――!!」


人目もはばからずはしゃいで、言葉もわからないのにナンパして。

今の自分が見たらバカだと鼻で笑うことを全力でしまくった。楽しい。


旅行から戻ると、体が一気に疲れた。


「すっごい楽しかったけど、めっちゃ疲れた……」


そして、朝起きて夢を忘れるように、過去の記憶も消えていった。

今度は旅行前に「どんな旅行へ行ったのか」と記憶を取り戻すためのメモを残した。


メモを読んでみると。


「……なんだこれ」


全然記憶は蘇らなかった。

当時の写真なども俺自身が置いたのだがまったく思い出せない。


他人が書いた旅行日記や写真を見せられている気分。


「本当に……記憶、消えたんだな」


写真の中に映る自分ははしゃいだ顔をしている。

でも、ここがどこの場所なのか今じゃ思い出せない。


「ま、過去ばかり振り返ってもしょうがないか。

 新しい思い出をどんどん増やしていけばいいだけだ」


記憶旅行を皮切りに、もともと好きだった旅行へと行くことに。

かつての友達とかも誘い合わせて、いろんな場所にでかけた。


当時よりお金はずっと持っていたので、自由もきく旅行。

口うるさい引率の先生もいなければ、馬の合わない同級生もいない。

ストレスフリーで楽しい旅行。


のはずだった。


「それじゃあな」

「ああ、またな」


旅行が終わっても、記憶旅行のような充実感はなかった。

昔より自由に旅行したはずなのに、昔の方がずっと楽しかった。


こんな旅行を数を重ねたところで、記憶旅行でまた戻りたいと思えない。


「もしかして……俺、調子に乗って、大切な思い出を消費しちゃったのかも……」


じわじわと不安が広がっていった。

かつての大切な旅行の思い出を消してしまった気がしてならない。

でも、もうそれを取り戻す手段はない。


「いや待てよ……。ほかの人なら旅行を覚えているのかも!」


記憶は失ったが、どの記憶を失っているのかはわかる。

なので当時に一緒にいた友達にそのときの話を聞くことに。


「卒業旅行を詳しく聞きたい? いや、お前もいただろ。なんで知りたいんだよ」


「いいから話してくれ。できるだけ詳しく。

 もしかしたら、お前の話で俺の失った記憶が呼び覚まされるかもしれない」


「そんな隠された能力の発現みたいなこと言われても……」


俺はメモを片手に友達の話を熱心に聞いた。

そのときの行動や日程などを細かく書き込んで情報をまとめていく。


「で、どうなんだ? 思い出せたのか?」


「いや……思い出せない。でも、これだけの情報があれば……」


「どうする気だ?」


「もう一度、同じ記憶に旅行できるか試してみる」


もし、同じ記憶への再旅行ができたのなら。

記憶旅行の記憶消去を気にすることなく、良い思い出を何度も繰り返せる。


「では、記憶旅行へいってらっしゃい」


「行ってきます!!」


旅行の出発日になると、周りはバスの車内だった。


「おおお!! やった! 成功だ!! 修学旅行を再現できてる!!」


友達からそのときの俺の行動や周囲の情報をこれでもかと聞いた。

それだけあれば、記憶がなくても旅行に「いけるのか。


「……ん?」


だが、ふとバスの窓を見てみると、白いもやのようなもので風景が見えなかった。

漏れ聞こえてくる会話もちぐはぐだ。


「なぁ、トランプカラオケしようぜ」

「右に見えますのは富士山の住宅街でございます」

「お前ら、旅館についたら、職業体験するんだぞ」


「な、なんじゃこりゃ……!?」


どんなに詳しく人づてに話を聞いたところで、

俺自身の体験として差し替えるのには無理があった。


その当時俺が見ていたすべてを再現できるわけじゃない。

どうしても細部がめちゃくちゃになってしまう。


まるで誤字脱字だらけの小説を読まされているような、急に醒めてしまう感覚。


「ぜ、全然楽しくない……」


これがあと4日も続くかと思うと地獄。

せめて記憶の中で暴れようかと考えたとき、周りが切り替わった。


気が付けば旅行代理店の椅子に座っていた。


「あ、あれ……? どうしてここに?」


「佐藤さま、あなたは偽りの記憶をもとに旅行しましたね?

 そういう違法行為が検知されました」


「な、ナンノコトカナー」


「いくら記憶内でも違法行為が検知された場合は、

 その時点でもとの現実に強制的に引き戻すようになっているんです」


「いやまあ、あのまま4日旅行するのはキツかったので、

 助かったと言えば助かりました……」


「4日? 何言ってるんですか」


「え? だって、修学旅行は4日でしょう?」


店員はやれやれと顔を横に振った。


「あなたは、82年記憶旅行の真っ最中でしょう。忘れたんですか?

 とにかく、違法行為が認められた以上、現実に戻ってもらいますね」




次に目を開けたときは、体はベッドに寝かされ、いくつものチューブがつながれていた。


視界からわずかに見える自分のヨボヨボの体で記憶旅行から戻ってきたことを悟った。



「ああ、本当に……いい人生を過ごしてきた……」



もうどんな人生だったかは思い出せなくなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

記憶旅行でそれだけは禁止されています ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ