振り向かずに歩いていくだけ
鍍金 紫陽花(めっき あじさい)
0.これが呪いだとしても
潰れた研究施設の1階に客間がある。そこで、ケヴィンはビィを隣にして座っていた。正面は中年太りした男性と、ケヴィンと同じくらいの少年が座っている。
「とにかく、私は貴方たちをどうこうしようってわけじゃないです」
男性は話すのが苦手らしく、焦りながら語ってくる。
その客間は整頓されておりクーラーも工事されている。それでも男性は額に汗を浮かべていた。ハンカチが湿っている。
「権堂さん、あなたは変わった人だ。子供を連れ去る魔女と言われてる私を無視しないなんて」
「ビィさんは魔女じゃないですよね。それは今までを見てわかります」
彼らは権堂と名乗り、武器を扱う会社の幹部と紹介してきた。隣の少年は権堂といい息子らしい。
「我々権堂グループはあなたをバックアップしたいんです」
「バックアップ?」
彼らはファイルをテーブルの上から掴みあげ、一ページ目をめくる。
「貴方がたは旅するじゃないですか。苦労したことないですか?」
その書類にはビィとケヴィンの特性が前置きとして書かれていた。
ケヴィンは女型の機械を取り囲むハシュである。ハシュとは心的ストレスにより黒い糸を放出する人形の異種だ。彼らは黒い糸を纏って身体能力を向上させたり、足替わりにして移動や独立させ行動させたりする。女型の機械は『ビィ』という名前でハシュを使役している。彼女らは〇〇の〇〇州にある廃研究施設を拠点とし旅をしていた。
「あの」
ケヴィンは横のビィに目線を移動させる。心做しか頬がひきつっていた。
「私は使役してないです」
権堂という男性は顔を青くする。彼女はケヴィンの肩を抱いて引き寄せた。
「私たちは家族です。私の技術で作ったとしても、可愛い子供です」
「も申し訳ありません!」
「次から気をつけてください。それと、旅には目的があります」
ケヴィンは初耳だった。騙しかと勘ぐったけど、横顔を見て理解する。そして、男性に目を移すと、僅かに瞳に光が指した。
「私たちは人間と仲良くなりたいだけです。そこに裏はないですよ」
プリントに目を戻す。
「そ、そうなんですか」
その後は数字と小粒の文字が所狭しと並んでいた。ケヴィンはあくびして見てるふりをする。すると、頭に重みが乗る。彼の頭にビィの腕が乗っていた。
「ケヴィン。遊んできなさい」
「あ、それなら私の子供と遊ばせませんか!」
狙ったように子の背中を押す。権堂という男性の息子は気恥しいのか膝の上で指を遊んでいる。
「ケヴィンは生まれて数ヶ月なので、外部を知りません。外の子供たちとも遊ばせていいですか」
「数ヶ月にしては大きいですね。言葉にするなら少年の大きさですよ」
「それがハシュですから」
ケヴィンは首に掛けてた仮面を前にし、目につける。椅子を蹴って直立したら権藤の息子の前に来た。
「遊ぼ」
「う、うん」
二人は客間から駆け足で逃げた。
ビィらの住む建物は空き部屋が多い。なぜなら、廃研究施設は大きすぎるからだ。ケヴィンが走り回っても息切れするほど広い。彼は振り返り、着いてくる権堂に声かけた。
「名前は?」
「権堂瑞樹。下の名前は女の子みたいだから呼ばないで」
「権堂だね、わかった。俺はケヴィンって言うんだ。よろしくね」
「うん」
すると、二人の周りに子供が集まり出した。同じ髪色で仮面をつけ、ケヴィンと似ている。仮面の形は様々で個性が溢れていた。
「この仮面は何?」
権堂の気付きに心が緩み、ケヴィンは鼻先の傷跡を撫でた。
「母さんがくれるんだ」
ケヴィンは資料の内容を思い出し、勢いで封じ込めた憤りがぶり返す。
「そうだ。ビィは機械じゃなくて俺達の母さんだよ」
「そうなんだ。ごめんね」
「いや、いいよ」
「それで、周りの人達は?」
「俺の兄ちゃんや弟」
取り囲むのは六人の子供で、権堂が耳をすませば2階から男子の声がする。
「俺も四人家族だけど、多いね」
「うん。母さんが作ってくれる」
「作る?」
ケヴィンは耳に額をつけた。権堂は仰天したけど敵意はないと分かっている。
「怖がらないなら教える」
秘密のクローゼットを開けるように、権堂は禁忌の入口に胸が踊った。危険が手を振っている。
「怖がらないよ」
彼らは仮面を下ろした。ゴム紐が首で支えている。
ケヴィンの兄弟は同じ顔をしていた。成長度合いで額の広さは違うけれど、成長すれば似た形に収まる。そういった確信の持てる顔つきだった。
「……気持ち悪い?」
権堂はその場で跳ねた。すごいすごいと、叫びながら。
「なんで。何でー? どうして?」
「あ、あはは……」
ケヴィンは仮面を目元に直した。耳が赤く火照っている。
「みんなの名前は?」
「だいたいケヴィンかな」
ケヴィンの集団は名前を欲しがらない子供が少なくない。青春期に入れば改名するが、それまでは『ケヴィン』で統一されている。ビィは独特のイントネーションの使い分けで名を呼ぶらしい。
「え、それなら別の名前が良くない?」
「でも、母さんは君たちが来てくれるから付けないんだよ! って笑ってた」
少年は自分の居場所が鳥かごだと気づいた。向こうに見える青空が広いことを知る。
「ねえ、権堂」
彼は友達の発言で空へ浮いていた意識を地につけた。ケヴィンは質問があると呟く。
「俺たちって評判悪いよね」
ケヴィンは旅に同伴するから知っている。世間はビィを悪く捉えていたこと。
彼女は孤児や死にかけの子供を攫い、ハシュに組み替えているという噂だ。
「あれって本当なの?」
「違うよ!」
「なら、それでいいじゃん」
眩しい笑顔だと、ケヴィンはその情景を忘れそうにない。強く記憶に焼き付いて、権堂の姿勢は不変だと決定づけた。
権堂家はビィたちと関わりたいらしく、頻繁に息子を連れて訪問してきた。その度に質問と生活習慣に馴染んでいく。ケヴィンは権堂と会えることを喜んだ。そして、回を重ねるごとに彼はケヴィンを見分けることができるようになる。言葉の癖や歩行で把握したらしい。
彼には友達がいない。武器会社の御曹司と言って近寄らなかった。ケヴィンが初めての友達になり、そしてケヴィンとっても同じことだ。
▼
「ねえ、サキくん。私たちの家にこないか?」
その日は休日で晴天だった。普段通り権堂家が遊びに来ている。ケヴィンの兄貴が権堂父に誘われた。サキは面食らったが承諾する。
「ではサキくん。いつなら来れる?」
「今から行きたい」
兄貴の袖を引いた。仮面越しの彼は動揺する。
「ビィに連絡しよう」
「いいよ。彼なら危なくない」
「ケヴィンくん。君も来るかい?」
私の息子と仲良くしてもらってる。そのお礼として招きたいと申し出た。ケヴィンは浮かれて頷きかけ、思いとどまる。
「俺は母さんの許可がないと行かない」
すると、横腹を突かれる。兄貴が嫌に口角を上げていた。
「そんなことも自分で判断できないのか」
「母さん意外と行動とるの?」
「あーあ。マザコンかよ」
他人について行くのは危険だ。その言葉をぐっと飲み込む。彼は取り返すことはできず、サキが外出するのを見送った。
事件はその日の夜に起きた。
「ビィさん。折行った話があります」
権堂父は血相を変えて駆け寄ってきた。
「権堂さん。サキはどこにいますか」
初対面と様子が違い、汗をかくことなく真剣に見ている。ビィは機械だけど背筋を正した。
「申し訳ありません」
彼は深々と頭を下げる。後頭部がケヴィンの前にあって、見てはいけないもののような気がしてきた。
「私が目を離してる隙に乱暴騒ぎを起こしました。どうやら、ビィさんのことを侮辱されてやってしまった様です」
彼は目の前の風景が歪んでいく。日常が壊れていく様子を体験していた。
「サキは大丈夫なんですか!」
暴れたハシュは殺される。権堂父は法律に怯える様子はないと冷静だ。
「私たちが保護してます。今は無事ですけど時間の問題でしょう。その前に警察があなた達を捕らえにきます」
「な、なんで!」
子供がとっさに口を挟む。
「ケヴィンくん。貴方達の評判は悪いから、警察は捕らえて沈静化するつもりです。しかし、ロボットにはハシュよりも冷遇されている」
ケヴィンは普段のように戦うつもりだった。返り討ちにしてやろうと、スイッチがおんになる。しかし、ビィは彼の予想を裏切った。
「権堂さん。最初にケヴィンをよろしくお願いします。私はここを離れられない」
「離れられない?」
「ここにハシュを造る機械があります。それに、彼らも分かってくれるはずです」
ケヴィンはまだ子供だから助けたい。それに、権堂もいるから安全だと判断を告げる。言われた子供は溜まったものじゃなかった。
「俺は戦える!」
「だったら、私を殺せる?」
その剣幕に後ずさる。それが答えだとビィは首を縦に降った。
ケヴィンは権堂父に背中を押され車に押し込まれる。振り返ると、ビィが気疲れした様子を見せず手を振った。
彼が乗り込んだ車は黒いバンで、外から中を見られない。車内に身を預け、部下が席を指定してくる。
車の扉は閉まり、発進した。
ケヴィンはもうビィと会えない気がする。そんな不安に駆られて俯いた。
「あれ?」
椅子の下に鉄の塊が転がっていた。既視感を覚え、足で引き寄せ持ち上げる。
その塊はサキの付けていた仮面だった。裏返すと血が付着している。
「権堂の父さん! これって」
頭に鋭い痛みが走る。車のソファーに押し付けられ、焦点が定まらない。
「驚いた。ハシュってのは死なないんだな」
権堂父が冷たい言葉を吐いた。今までと雰囲気が変わっていて、ケヴィンは理解しようと顔を戻す。
「なん、で?」
「子供にはわからないことだ。それよりも、おい。ビィのところには差し向けたか」
「手配してます。この子供は殺しますか?」
「いや、サキは殺めたがこいつは『やすらぎ』に連れていく。記録させとけ」
「ハシュに洗脳が効くかどうかは分かりません」
「いいから掛けとけ」
ケヴィンの頭に黒い布がかけられる。視界は真っ暗闇の中に押し付けられ、心が震えてきた。皮膚の内側で黒い糸が暴れている。彼はそれを必死に耐えていた。
その子供には恐怖が芽生えていた。
振り向かずに歩いていくだけ #0
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