第19話 次元の魔術師は状況を悟る

 ***


「行くって、どこに?」


「決まっているだろ――ダンジョンにだ」


 俺は首を傾げたヨツノの腰に手を回す。

 小さく悲鳴をあげて頬を赤らめる彼女を他所に、目の前に魔法陣を描いた。

 ヨツノが「ふおお」と声を上げる。


「なんか模様が違う」


 そういう認識の仕方もあるのか。確かにいま描いた魔法陣は通常のものとはだいぶ異なる。系統からしても別物だ。

 魔法陣に稲妻が走ると、空間が歪み、黒い穴が生まれた。


「一気に場所が変わるからな、酔ったら諦めろ!」


「ぅぇえ!? 気をつけろじゃなくてええぇ!?」


 ヨツノを引き連れて穴の中へと飛び込む。視界が闇に染まり、頭の中に謎の圧迫感が迫ってくる。ずっとここにいれば気持ち悪くなるのは必至だ。しかしそんな場所には長居しない。景色が一転する。


 陽の光が差し込む明るい場所にでてきた。周りはだだっ広く、曲線を描く壁があるだけ。ダンジョンだと思って出てきたが違うのだろうか。


「なんの匂いだ……?」


「甘い匂いだけど、ここダンジョン?」


「危険だ嗅ぐな。たぶんダンジョンだ」


 甘ったるい匂いが鼻腔を刺激してきたので思わず空いた手で口元を抑え、ヨツノにも注意する。やはりダンジョンか? 違うとしてもなにか異様な空気であるのは確かだ。


「レネぇ」


 そんな声が聞こえて視線を向けると、アルクの姿が目に入った。あいつがいるってことはやはりダンジョンなのか。しかし胴鎧を投げ捨て始めている。

 彼が見つめる先には――レネがいた。衣服が裂け胸元が晒されている。

 状況が飲み込めない。だがここに来たのは

 俺は抱えていたヨツノを降ろして二人のところへ向かう。

 スボンを下ろそうとしているアルクの首を掴んだ。


「おい」


 振り向いたアルクと、虚ろな瞳であったレネが大きく目見開く。

 言葉にせずとも、状況がまともでないことはわかる。

 レネの瞳から涙が零れていた。


「レネに何してるんだッ!」


 腕に力が入り、そのまま持ち上げたアルクを横に投げ飛ばす。


「風の魔法陣!」


 即座に魔法陣を頭上に描く。突風が巻き起こり謎の匂いをかき消した。


「大丈夫か、レネ」


「し、グ……?」


 レネの服は裂かれただけみたいで他に外傷は見当たらない。しかし顔は赤く火照っており、額から首筋へと汗が流れていく。息も苦しそうに大きく吐いている。

 さっきの匂いが原因だろう。恐らく毒の類だ。甘い匂いで誘き寄せて毒を吸わせるのは常套手段である。

 俺はアイテムボックスを開いて回復薬を取り出すと、レネの口からゆっくりと流し込んだ。少量が口の端から零れていくが少しくらいは仕方ない。喉が動いていればそれでいい。


「わ、わわ!」


 ヨツノが何かに驚いた声をあげたのでそちらを見ると、両手で顔を覆っていた。すぐ近くにリカルドとタマラを発見。何故か二人とも全裸であり、リカルドの腰が大きく上下に動いている。

 え、なんでこんなところで発情してるの!?

 いやまて落ち着け。さっきの匂いのせいだそうだなうん。レネがどことなく色っぽいのも匂いを吸ってるせいだろう。


 ……いやほんと、なんでこんなことになってるの!?


「シグ……」


 と、回復薬が効いたのかレネの虚ろな視線がはっきりとしたものになった。


「落ち着いたか?」


「シグぅ……」


 レネはポロポロと涙を零して俺の首に腕をかけると、ぎゅっと身体を密着させてきた。安心した勢いでの行為であると信じたい。俺は彼女の頭を優しく撫でながら問いかける。


「一体何があったんだ」


「あの子が……メリィが」


 レネが首に絡めた腕を話して上を指す。振り返った先には中央から広がる巨大な穴と、その縁に座った一人の魔術師がいた。


「……遠いし小さい」


「最初の感想がそれなんて、つまらない男ね」


 多少声を張り上げないと届かない距離だ。何故あんな場所で傍観しているのか。さっきの匂いから逃げるためか。


「メリィ……聞き覚えがあると思ったら、神狩りの一人だったのか」


「あら、知られているなんて光栄だわ。無名の魔術師さん。あなたの力を見せてもらいたいのだけれど」


「ひとまずこの状況をなんとかしたら相手してやるよ」


「それじゃあ意味が無いのよ……ねぇ?」


 彼女の視線が僅かにずれる。同時に俺はレネを抱えて前方に飛んだ。

 今し方二人のいた場所を斬撃が通過する。


「シグロぉ! メンバーでもないお前がどうしてここにいる! どうして邪魔をする!」


 斬撃を放った当人――アルクが声を荒げてこちらを睨んでいた。


「やっぱ、お前の仕業だったのかよ」


 できれば信じたくなかった。全部勘違いで、まったく知らない奴に恨まれている方がよかった。俺を救ってくれて、長い間共に歩んできた仲間からこんな仕打ちを受けたくはなかった。


「まあ、でも、俺が被害を受けるのはいいんだ。だけどッ!」


 俺はレネから手を離してアルクの方へと駆ける。殺意の篭もった歪な笑みを浮かべて、アルクは剣を振り上げた。


 ――異空移動。


 間合いに入った瞬間、剣が振り下ろされる。しかし俺は次元を超えてアルクの真横へ移動していた。当然剣は空を斬る。

 俺は思い切り拳に力を込めて、アルクの顔へと振るった。


「だけど、レネを泣かせるんじゃねェッ!」


 拳がアルクの頬にめり込み、大きな身体が遠くへ飛ぶ。歯のいくつかは抜けたか。全身全霊を込めたから、こっちの手も痛い。

 俺は転がってるアルクに近づいて胸元を掴む。


「なんでお前がレネにひどいことをしてるんだ! パーティーでレネを守れるのはお前しかいないだろ! お前が恋人を守らないでどうするんだよ! 自分の大事な奴くらい自分で守って見せろよッ!」


 込み上げてきた感情が言葉となって吐き出される。

 アルクとレネは恋仲だ。冒険中も、それ以外の時間も楽しいものだろう。なのになんでレネが泣いている。なんでアルクがレネを泣かせる。大切なら、ちゃんと守ってくれよと。そうでないと、あの日の夜に枕を濡らして諦めをつけた俺はどうすればいいのだと。


「目を覚ませ、馬鹿野郎」


 アルクをリカルドとタマラの方へと投げ飛ばし、さらに水の魔術を発動して三人に放水した。風邪をひいてでも目を覚まして貰わないと困る。

 そして視線を上の方へ向けた。


「でだ、全部糸を引いてたのがお前か、メリィ」


「いまの魔術はどうやったのかしら。いえ、そもそもどこからどうやって来たのかしら。あなたも転移魔法陣を解析したの?」


「どういうことだ?」


「あ、あのねシグ。ここは六十八階層で、最上階層の二つ下なの」


 レネの説明で大方の状況を察する。

 四十二階層までしか探索していないトライアンフが突然二十六も上に行くのは無理だ。可能性があるとすれば、メリィが既にこの階層を踏破していて転移魔法陣での移動だが、それを素直に行うとは思えない。


「まさか、ダンジョンの転移魔法陣を自由に使えるのか!?」


「そうよ。ダンジョン内であればどこでも発動できる。どうやらあなたは違うみたいだけれど」


 転移魔法陣は各階層に三つある。二つは最初と最後にあるダンジョンの入口へ戻るためのもの。最後の一つは到達階層であればどこへでも飛べるもの。だが最後のはボス部屋の奥にしかない。ボスを倒さなければ使えないというのが常識だが。


「神の作ったものを解くとは、とんだ天才児だな」


「ありがとう、よく言われるわ。でもあなただってなにか隠してるでしょう?」


 上で傍観者を続けるメリィがくつくつと笑う。

 その様子に、俺の中で何かが切れた。


「見たいか? 見せてもいいが、先に言い訳しとかないとお前が死ぬぞ、メリィ」


「怖いわねぇ。言っておくけど、あなたの追放も、レネの独占も、全部はそこの馬鹿なリーダー様が願ったことよ。私はお手伝いしただけ。本当はそれが終わったらあなたたちの命も貰う予定だったけどね」


「償う気はないんだな?」


「魔術も使えない人たちに頭を下げるなんてごめんよ」


「そうか。なら――」


「届くのかしら、あなたに?」


 真上のメリィとの距離は十数メートル。魔術だってそこまで遠くへは飛ばない。


「ほら、見せて? あなたの隠してる力を」


「ああ、まずは――」


 


「地に落ちろ」


 咄嗟に振り向いた彼女の腹部に拳を叩き込んだ。


「ナッ――!?」


 殴り飛ばされたメリィが中央の大きな穴からレネたちのいる階層へと落ちていく。


「言い訳は聞いた。メリィ、あとはもう、泣いても喚いても許さないからな」

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