第18話 探索中冒険者は己が欲に踊る
「神狩り!? なんでそんなすごい人が」
「苟且の因において次点はあなたたちよ、トライアンフの皆さん。って聞いてるのはレネだけね」
言われてレネは周囲の静けさに気付く。見回せばアルクは俯いたままであり、リカルドとタマラは目が虚ろで身体がふらついていた。
原因はメリィが投げた香炉から発せられている匂いであることは明白だ。
「目的はなに!」
「トライアンフの実力を見たかった、っていうのもあるわね。私たちの次に高く上っているのだから、それなりに実力のあるパーティー……だと思ってたけど、とんだ勘違いだったようね」
「どういう……」
「まず個々の実力が下の下。ちゃんと鍛錬してる? お酒ばっか飲んで遊んでたんじゃないの? それにチームワークも雑でダメね。お互いの実力をちゃんと把握してないから適材適所で対応できない。だから二十五階層の魔物相手にも何時間と掛かるのよ。普通は一時間もいらないわ」
嘲笑に等しい表情を浮かべ辛辣な言葉を投げるメリィ。それに反論できるほどレネは自惚れていないし、いまは余裕がなかった。沈黙を肯定と受け取ったのか、メリィは饒舌り続ける。
「あの実力では四十階層まで到達なんて到底無理。そこから導き出される答えは――魔術師の存在。
私が入る代わりに追放されたシグロって奴が、どうやら相当の腕だったと推測できるわ。あなたたちがそれをどう評価してたかは知らないけどね」
「シグが……」
レネは過去の冒険を振り返る。シグロは後衛で魔術を放つのが主だった。しかし一撃一撃が特別強力なものでもなかったし、基本的にはアルクやタマラがラストアタックを決めていた。シグロはあくまでもサポートとしての立場を意識していたのはレネも薄々察していた。
もしそれが実力の全てではないとしたら。意図的に仲間に実績を与えるよう立ち回っていたとしたら。魔術師は同業者に術を盗まれないよう工夫するという。シグロもメンバーに気付かれないような方法で敵に大きなダメージを与えていたかもしれない。
「私としては、あなたたちみたいな雑魚よりも、その魔術師と一戦交わりたかったけど、それは今度の機会にしましょう」
「今度って……あなたシグにも何かする気!?」
「かもしれないわね。でもそれはあなたたちには関係のないことよ。だってここで贄になるんですもの」
メリィが口角を吊り上げる。それが何を意味するのかレネが気づくのは、後ろから突然肩を強く掴まれてからだった。そのまま後ろに引っ張られたレネは態勢を崩して固い地面に倒れる。視界に入ったのは彼女を見下ろすアルクの姿だった。
視線はどこか虚ろで、小さく「レネ……レネ……」と呟いているだけだ。
「アルク、目を覚まして!」
「レネッ!」
彼女の言葉など気にも留めない様子で、アルクはレネの上に覆いかぶさった。口元から離れてしまった腕もアルクの脚に抑えられてしまう。
甘い香りがレネの鼻腔を通過し脳に到達すると、まるで電流でも流れたかのような刺激が全身を駆け巡る。思いもよらぬ感覚に、レネの口から熱い息と呻き声が漏れた。
「その香りは人間の理性を薄くして、性的欲求を高まらせるものなの。魔術師は性行為を己で禁じているから必要ないけど、どこかの馬鹿が作った代物をたまたま貰ったのよ。でも今回は丁度いいわ」
「そんなものっ……どう、してっ」
「分からない? 私をいれたのはリーダー様よ? ならこの状況を望んだのは彼に決まってるじゃない」
「アルクがぅっ!?」
レネが驚きの声を上げる前に、アルクが彼女の顎を強く掴む。そのまま口を開けて顔を寄せてきたので、レネは動かせる範囲で顔を背ける。すると彼女の頬をアルクの舌が這っていった。
「リーダーはあなたに好意を寄せていた。でもあなたは別の男ばっかみていた。じゃあどうしたら手に入るか。その男を遠くへやって、あとはあなたの身も心も犯しつくして拠り所を自分にすればいい。大丈夫よ、この階層からは魔物がでないから、最後までゆっくり楽しみなさい」
「そんな……酷いっ。外道!」
「目の前の男に言いなさいよ」
メリィは楽しそうな声で笑う。その間にもアルクはレネのローブに手を掛け引き千切ろうとしていた。
「お願いやめてアルク! 正気に戻って!」
レネの悲痛な叫びは目の前の男には届いていない。アルクはご馳走を目の前にした子供のように口元から唾液を零して歪な笑みを浮かべているだけだ。
「タマラ、リカルド……ッ!」
助けを求めようと残りの二人を見るが、そちらもすでに罠の中。服が脱ぎ捨てられタマラの嬌声が響いていた。
「どうして……こんな」
こんな状況になってしまったのか。つい先ほどまで仲良く冒険をしていたはずなのに。
冒険者であれば、いつ何が起きてもおかしくないという覚悟でダンジョンへ入る。死ぬかもしれないという想像は常に持ち合わせていたつもりだった。
しかし今の状況はどうだろうか。
もしかしたら死ぬことよりも残酷かもしれない。
自身の身が穢されることではない。
アルクの気持ちに気付いていなかったこと。パーティーがこんなにも簡単に崩されてしまうこと。メリィという新しい仲間に裏切られたこと。
そして――
「シグ……」
「ぁああ!」
アルクによって引っ張られていたローブがついに引き裂かれ、下に着ていたブラウスも簡単にボタンごと千切られた。レネの白い肌と半透明の白いインナーが露わになる。
同時に、胸元にはペンダントがあった。ステンドグラスのように輝くそれは、シグロが別れの際にレネへプレゼントしたものだ。
それを見たアルクが、声を荒げた。
「……お前は、お前はぁ!」
ペンダントを握ると、乱暴に千切り取り上げる。それをみたレネが目を見開き、アルクの脚に抑えられてた腕を無理やり引き抜いて彼の腕を掴んだ。
「それは、ダメ!」
「まだあいつのことが好きか! あいつはもういない。パーティーから追放した! ギルドからも除名させた! 家も燃やした! もうこの街にシグロの居場所なんてないんだよっ!」
「そんなことまで……」
シグロは自分からトライアンフをやめたのではない。アルクに追い出されたのだ。
しかもギルドからも除名され、家を燃やされたと。
この場でレネが知った事実は、しかしすでに取り返しのつかないものだった。
驚きで一瞬だけレネの手から力が抜けたのか、アルクは腕を振り上げてペンダントを後方へ投げ捨てた。地面に落ちたペンダントは簡単に砕けてしまう。
「――――」
その様を見ていたレネの瞳から、光が消えた。
最後に残された自身の心をを守るものが、目の前で壊されたのだ。
大切な人からの贈り物が、こんな場所で、こんな場面で、どうしようもない状況で。
「シグ――」
「大丈夫さぁ、この匂いは快楽も高まらせる。受付の女で試したからねぇ!」
アルクの声など既に届いてはいなかった。
レネの脳裏に過るのはシグロの横顔。
小さいころから今まで、二人で後衛を担ってきた。
彼女の隣にはいつもシグロがいたのだ。
横顔がたまに自分の方を見て話しかけてくれたり、笑いかけてくれる。守ってもらっていたあの場所が心地よかった。瞳に映る姿が温かかった。
いつの間にか、その姿に惚れていたのだ。
好きだった。
「シグ……」
「レネぇ」
アルクが胴鎧を脱ぎ捨て、ズボンを下ろそうとした――その時だった。
「おい」
アルクの首を誰かが掴んだ。
彼の後ろに、人影があった。
その姿を、レネははっきりと捉えた。
白い髪に、黒いローブ姿の魔術師。黒い瞳に怒りを孕ませた男。
「レネに何してるんだッ!」
――――シグロの姿を。
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