第06話 草臥れ魔術師は二人で朝食をとる

「あー仕事がないっていいなあ」


 枕に顔を埋めながらそんなことを呟いてみる。

 白くて少し埃っぽい布団は、それでも一応陽に当てて干した匂いに満ちており、何とも言えない安心感に包まれる。

 今日はこのまま一日中眠っていたい気分だ。


「何やってるんですか、ご主人様」


 呆れたような声を掛けられて、ベッドの海から顔だけを向けると、脇に立っていたヨツノがこちらをじっと睨んでいた。

 頭には白い頭巾を被り、身体には黒のスカートと、その上に白のエプロンを身にまとっている。

 所謂侍女の格好だ。もちろん俺の所持していたものではない。宿屋のものを一時的に借りているのだ。


 俺とヨツノのがいるのは街中にある宿屋の一室だ。なぜかと言われれば、昨晩家が燃えて無くなったからである。


「俺は朝まであちこち回って疲れたんだ。少しは休ませてくれよ」


「その原因を作ったのはご主人様でしょうに。何が火の元はないですか。ちゃっかり家の中から燃えちゃってたじゃないですか」


 街の憲兵隊の調査によれば、出火元は俺の書斎兼研究室かららしい。

 火が出るようなものは置いていないと弁解したが、「どうせ魔法陣が誤作動して魔力摩擦でも起こしたんだろ」とすげからくあしらわれ、しまいには周辺住民に迷惑をかけたことについて散々叱られ、朝になって各所へ謝罪に回ったところである。

 幸い最重要魔術書はアイテムボックスの奥底で管理していたので、燃えた本はごく一部だ。それでも魔術書は高価なので精神的ダメージは小さくない。


「起きてしまったことでくよくよしないでください。

 さ、早く朝ごはんを済ませますよ」


 テキパキと働くヨツノが、部屋のテーブルに食器を並べていく。


「いやちょっとまて。おかしくないか?」


「何がですか?」


「なんでここで朝食を取るんだ。食堂があるだろ。

 っていうか、そのご飯どっから出てきた」


「食堂には奴隷が入れません。このご飯は買ってきたんです。ご主人様が銀貨をくださったんじゃないですか」


「確かに渡したけど、それは何かあった時のためで、ご飯を買うためじゃねぇ」


 それに、と俺はヨツノの首元を指差す。

 そこにあるのは大きな鉄の首輪。奴隷を奴隷たらしめる魔道具だ。

 昨日飯屋を断られたのだって、ヨツノの首輪が目立っていたせいである。あれは直ぐに奴隷だとわからせるためのものだから仕方ないといえば仕方ないのだが。


「首輪をつけたお前が店で買い物できるわけがないだろ」


「はい。なので外しました」


 ガギン、と鈍い音。彼女の両手には外れた首輪。

 うっそーん。


「ど、どうし……」


「どうやら不良品をつけてくれたみたいですね」


 そんなことありえるのだろうかと考えるが、しかし路上で奴隷を売る様な店だ。可能性はゼロじゃない。

 節約しようと古い首輪でも使いまわしていたのだろう。魔術だって永遠に効力があるものではない。継続的な効力を求めるなら定期的な張り直しが必要になる。それを怠れば効力が薄れていくし、最終的には今回の様な事態になる。


「というわけで、首輪を外しフードを被り、耳と尻尾を隠せばただの可愛らしい女の子です。当然お店の人は調子のいい言葉と共に品を安く売ってくれます」


 えっへんと胸を張るヨツノ。意外に大きいな。問題はそこじゃない。

 自由に首輪を外せるということは、いつでも逃げ出せるということだ。奴隷の首輪による制限がなければ自由意思で行動できる。なんなら主を殺すことも……。


 本人はそれに気づいているのだろうか。

 気づいていないはずがない。なにせ買われないように変な工夫を凝らす女だ。

 ただ、それなら俺が不在の間に逃げられたはず。

 どちらにせよ気をつけていたほうがいいか。初めて買った奴隷に逃げられましたじゃ恥もいいところだ。


「そんなわけで、朝食は調理の不要なもので上手くまとめてみました。

 胡桃入りのパンに草原菜のサラダ、山鯨のハムと、フルーツジュースです」


 並べられた朝食を見て、思わず腹の虫がなる。昨日のひどい晩ご飯で食事が終わっているせいか、いつもよりもおいしそうに見えてしまう。てかそれが嫌で買ってきたなこいつ。

 気になることは多い。だけど食欲には勝てなかったよ……。

 俺が素直に席へ着くと、続いてヨツノも向かい側に座る。手を合わせて「いただきます」を同時にしたあたり、こういうのは亜人の国でも同じらしい。


 サラダを口に運ぶと、みずみずしくて歯ごたえのいい食感が口内で踊る。わずかだが柑橘系の果実を絞ってかけているみたいだ。程よい酸味が野菜本来の旨みを引き立てている。

 続いてパンとハム。切り分けられたパンの表面には胡桃が散りばめられており。


「これは?」


「お店で売っていた果物の種を粉上にして、青い実を混ぜたジャムです」


 パンの隣には小皿に乗せられた青いジャムがあった。木製のスプーンで撫でると、ざらざらとした感触がある。こんなものは家に置いてないし、店でも見たことがない。わざわざ作ったみたいだ。


「すみません、ご主人様が購入された青い実をいくつか使用しました」


「ああ、別に構わないさ」


 ジャムをパンに塗りつけて、その上にハムを乗せる。かぶりつくと、ハムの肉汁が僅かに上顎を伝い、ジャムの甘みがそれを押し広げていく。胡桃のつぶつぶとした食感も口腔に刺激を与えてくる。


「うん、おいしいな。

 大抵はパンにハムしか乗せないけど、これもいい」


「知りませんか?

 私の住んでいたところでは有名な組み合わせですよ?」


「そうなのか。うん?」


 大きな木の実の中をくり抜いた器にたっぷりと入ったジュースを飲み干す。

 視界に入ったヨツノの手元にはジャムが置いてなかった。


「すみません、実はそのジャム苦手でして」


 苦手なものを人に押し付けるなよ。まあ、おいしいからいいけど。


「亜人は食べちゃいけないものとかあったりするのか? 好き嫌いは別として」


「獣とは違うので食べられないと言うことはありませんよ。

 ただ元の獣の特徴は受け継いでいるので、多少肌が荒れるとか、舌が痺れるみたいな症状もなくはないですけど」


「受け継いでるのか」


「獣が進化していく中で生まれたのが獣人だと言われています。人族から生まれたわけではないので、人族との間に赤ちゃんも出来ませんし、亜人と下に見られる謂れもありません」


 亜人は自身らのことを獣人と呼ぶ。それは人族側も知っている。

 それでもあえて人族の亜種と呼ぶのは、まあ単純に見下すためだろう。そういう意識が無かったとしても、浸透した言葉を変えるのはなかなか難しいものだ。


「しかし、まあ、こんなに話しながら食べるのはいつぶりだろうなあ」


 言ってから、しまったと思った。これではまるで寂しい人みたいだ。いや実際そうなんだけど。


「冒険者はパーティーを作って活動すると聞きました。ご主人様はパーティーを作っておられないのですか?」


 そんな質問がヨツノから投げ掛けられて、食事を進めていた手が止まる。


 パーティー。それは冒険者にとって欠かせない要素だ。

 ダンジョンには危険が伴うし一人ではどうしようもない場面も多々ある。そうしたリスクを避けるため、また最終目標の為にも、冒険者にパーティーは絶対だ。


「俺はな、トライアンフってパーティーに入ってたんだ。

 五人パーティーでさ、メンバーが全員孤児院からの付き合いだったんだ」


 あいつらとの付き合いは長かった。

 俺が孤児院に入った時には既に他の四人で仲良くやってたくらいだ。周りに馴染めずひとりきりでいた俺に声を掛けてくれた。

 それから寝食を共にし、成長し、一緒に冒険者になった。


「ごめんなさい」


 耳元でヨツノが囁く。

 気がつけば、彼女は後ろに回り込み、小さな腕で俺の事を抱きしめていた。


「ごめんなさい、辛いことを思い出させてしまったみたいで。でも、いまはもう一人じゃありません。私がいますから」


「……ん?  いや、別に仲間が死んだとかそういうのじゃないぞ!?」


「へ?」


 どうやらヨツノは、パーティーメンバーが全員亡くなったのだと勘違いしたらしい。

 そんな深刻そうに話したつもりはなかったのだが。


「つい先日、そのパーティーから追放されたんだ。ついでにギルドもな。だけど、みんなはまだまだ元気だぞ」


 そう言うと、ヨツノの顔が次第に赤くなり。


「はぁぁぁぁ――」


 勢いよく空気が抜けていくような息を吐きながら床に蹲ってしまった。

 相当に恥ずかしい行為をわざわざやってくれたらしい。

 俺は椅子から降りてヨツノの隣にしゃがみこみ、その黒髪の頭と耳を撫でる。


「でも寂しいって気持ちは確かにあるんだ。心配してくれてありがとう。

 新しいパーティーとして、二人で頑張っていこうな」


 ヨツノには一緒にダンジョンに入ってもらうつもりだ。それは昨晩のうちに伝えてある。

 彼女は顔を上げると、まだ少しばかり恥ずかしさを浮かべた顔色で、俺をじっと睨んできた。


「なら、朝食も済ませましたし、そろそろ行きましょうか」


「お手洗いにか?」


「ダンジョンにですよ!?」


 いや、お手洗いも行っとこうぜ。

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