第37話 のどかだねえ

 早朝、乳牛への餌やりと牛舎の掃除を終える。


「おーし、アスカとヘイアン。ちゃんと食べろよぉ」


 二匹が餌の藁を食べるのを見て、俺は畑へと向かう。


 今日はナスと玉ねぎを取ったら、今日は炒め物でも作ってみよう。


 ナス味噌炒めなんてどうだろうか?


 そんな事を考えてちょっとウキウキ気分で農具を取りに小屋へと行った時だ。


「アレックスやめてぇっ! いややぁっ!」


 と、アリスがアレックスに飲み込まれている。


「程々にしとけよー」


「グル」


 俺は別に止める気もない。


 本当に食いはしないだろうから、多分。


 そうして家に戻って農具を取ろうと思った時だ、机の上に手紙が見える。


 そういや、昨日はオスカーから手紙が届いた。


 紅茶の設備は問題なく稼働しているようで、茶農場で働いてる人も次第に紅茶の作り方をマスターするようになったらしい。


 そりゃね、技術指南書で作り方が分かるようにってマニュアル作ったもんね。


 イラストも文字も、全部オスカーにやって貰ったけど。


 お陰で、国王や貴族にも新しい茶の種類として、とても人気になっているらしい。


「よかったよなぁ、ほんと」


 俺は改めてしみじみ思いつつ、畑へと向かう。


 そういやタンヂからも手紙が来ていたような……、がどうでもいいか。


 どうせ、下らない自慢話だろうし。前にも何回か来たから読むのが疲れる。


 そうして畑へと来ると、畝を立てて小さな穴を作ると、そこへ種を落とし覆土していく。


 これだけは手作業なのだが、かつて地球に暮らしていた自分ならば間違いなく腰痛になっていただろうな、と思う。


 畝に種を落とすようの穴を開け、そこにきちんと種を落とすとなると、屈まねばならない。


 この繰り返しは地味に疲れるのだろうな、想像はできる。


「いやー、体が強くて良かった」


 そうこう畑作業をしていると、風が心地良い。


 額に流れる汗を拭い、改めて畑と田んぼを見渡す。


「のどかだねえ」


 こんな時間がいつまでも続けばな、と思った時だ。


「だからぁ! それは私の仕事だって言ってるでしょっ! 今日の昼ご飯は私が担当って言ったじゃないのっ!」


「……あんたの不味い御飯で旦那様と私達諸共が死ぬのは御免なのよっ!」


「まぁまぁ二人とも落ち着いて下さいよぉっ!

 

 ……うん、例え騒がしかったとしても、これで良いのだ。


 俺は拓かれた土地から、海を見る。


 アレックスが、腹を見せながらプカプカと浮いているのを見て心が和んだ。


 やっぱり、俺はこの生活を守る為に日々を大事にしよう、と思った。


 ☆☆☆☆☆

 

 とある場所の古城。


 既に朽ちた厩舎や、崩れた城壁が目につく場所だが、人の気配がある。


 城内の大食堂にて、二人の女が話している。


「申し訳ございませんっ!! 私、エルザとしたことがとんだ不始末っ!」


 黒鉄団のエルザだ。


 彼女は、サマーレー島での失敗を相手に詫びる。


 が、相手にとっては別に問題は無いらしく、口調は落ち着いたものだ。


「……まぁ問題ない。一時的にでもチェザーレ王に打撃を与えたのは確かだ。我らがボスも喜んでくれるだろう」


「それなら良かったのですが……」


「それより、お前の会ったという男は本当にセンティパーダを連れていたのか?」


「はいっ! 間違いございません」


「となると、シラヌイ伝記での予言は真になる、ということか」


「……と、言いますと?」


「いや、こっちの話だ……。それより、その男の所在は掴めたのか?」


「目下探索の為、各地に我々の団員を派遣しております」


「なら、焦らずとも直ぐに情報は集まるか」


 ニヤリと笑い振り返った瞬間、その顔が月光に照らされる。


 右頬から左唇の下までに、大きな切り傷痕を作っている。


「それで、ロザリア様、あの男、タナカユウヘイというのを捕まえてどうするので?」


 ロザリアはそれを聞いて、エルザにニヤリと笑う。


「無用、いつものようにしてやるだけだ」


 その言葉の意味をエルザも知っている。


 組織の為に殺すということだ。


「ふふっ、まぁ楽しんでいこうじゃないか。今回の仕事は中々に面白いぞ」


 そう言うと、ロザリアは城内を歩き出す。


「……伝記通りならば、我々の為にも殺さねばならん」


 ロザリアは小さく漏らすと、ニタニタと笑う。


 不気味な企みが、田中雄平の知らぬ場にて揺らめき始めていた。


 第1章 完


※次回からは特別編を挟みます!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る