第18話 あなた貴族のつもり?

 とはいえ、このままむざむざ引き揚げても意味がない。


 どうするか、と悩んでいたが、


「……あ、そうだ」


 と、俺は思い出す。


 そういや、即席ラーメンもレトルトカレーも、最初は受け入れられなかったが実演をしたから売れたのだと聞く。


 なら、野菜の実演をすればいいじゃないか。


 俺はフィッシュアンドチップスの事を思い出した。


 急いで出店用の調理器具、油、塩、魚、皿を調達すると、そのまま調理を始める。


「なんですこれ?」


 目を惹かれ、腹を空かせた労働者が覗き込んでくる。


「あ、これフィッシュアンドチップスって言います」


「??? ふぃっしゅ? なんだって?」


「とりあえずこれサービスなんで、食べてみて下さい」


 そういって、作りたてのそれを皿に盛る。


「……あ、うめえ」


 恐る恐る食べてみた客の反応は素直によかった。


 すると、そうした客がきっかけとなり、他の客も寄って来る。


 そこで、料理をサービスしながら「値下げした」野菜も売り込む。


 これで中々丁度いい。


 ちょっとだけサービスしたならば、野菜も売れ始める。



「じゃあ、私はこのトマトっての下さい」


「俺はそのピーマンとやらくれ」


 それに合わせて、食べ方も教えていく。


「あ、トマトはそれ水で洗って生のまま食べてみて下さい。ピーマンはそれ焼いて塩でも振って食べて下さいね。生だと苦いと思うんで、苦いの平気なら大丈夫ですよー」


 こうして、初の出荷は何とか成功できた。

 ……あんまり黒字にはならなかったけど。


 そういや、ジャガイモやピーマンの食べ方も、俺が教えるまで分かってなかったもんなぁ。


 俺は僅かに残った野菜をリヤカーで曳きながら、そんなことを考えていた。

 そりゃ物を売るってのは楽じゃないが、工夫は必要だな。


 今度から食事の仕方を実演しながら回るってのはどうだろうか?


 指南書を見てみれば、それはキッチンカーというのでかつてあったらしい。

 全国の地域を回り、洋食を普及したのだとか。


 なるほど、ならこのリヤカーでやれなくはないかもしれない。


 そんなことを考えながら帰ろうとしていると、大通りに人の行列がある。

 しかも、みんな参勤交代よろしく頭を下げている。


「なんだろ、こりゃ?」


 すると、ライフルを担いだ兵士や女戦士に護衛され、馬車に乗る男が一人。

 なんか軍服っぽいものに身を包んでいるが、年齢は俺よりちょっと上くらいか。


 まだ若そうだし、口髭がとても精悍な感じだ。


 それを黙ってみていると、三人組の兵士がこちらへ向かって来る。


「おい、貴様!」


「え? 俺?」


「頭が高いぞ!! 頭を下げないか!!」


 要は周囲の連中と同じように、深々とお辞儀しろということらしい。


「は、はぁ……」


「はぁ、じゃない!! 貴様の目の前に居るのはチェザーレ・ガリツィア・ロンストン=シラヌイ様だぞ!!!」


 そう言うと、無理やり礼をさせられる。


 だが、上目にチラッとチェザーレを見ると、目が合った。

 すると、それまで笑っていた彼の顔が、真顔になる。


 しかし、馬車はそのまま俺の目の前を通り過ぎてゆく。


 そうして、馬車が通り過ぎると、人々は頭を上げてボヤきはじめる。


「まったく、こう視察ってかっこつけて遊びに来られちゃ気が抜けないな」


「ほんとほんと、幾ら温泉地だからってこう毎週遊びに来るんじゃなぁ」


 なんでも、鉱山が豊富にあるスモジュ島には、温泉もあるらしい。

 その温泉を目当てにチェザーレは来るのだとか。


 そんな小咄を聞きながら、俺はリヤカーを曳いてゆくのだが……。


「あ、あれぇ……?」


 気が付けば、よく分からない地区に入りこんでいた。


 酒の屋台が通りを挟んでズラリと並び、軒先には若いお姉さん方が手招きする場所。


 ……これってまさか。


 そう思っていると声をかけられる。


「どうお兄さん? サービスするから飲んでかない?」


 屋台版のキャバクラである。


 確かに、周囲を見れば酩酊した若者や壮年・老人まで。

 様々の年齢の男が屋台で女に給仕してもらい、酒を飲んでいる。


「べ、別に俺はいいや」


 そう言って、視線を合わせないようにして、俺はどれくらい歩いた時であったろうか。


「ねえ、そこのお兄さん。この時間に物売りはご法度だよ」


 顔を上げると、煙草を口に加えたお姉さんが居た。

 黒髪に白い肌と、胸元を強調した服装。

 化粧は濃いのは間違いないが、それでも美人なのは分かった。


「あんた見ない顔ねえ」


 そう言うと、彼女はリヤカーの中身を見て笑う。


「こんな時間に野菜売るなんて、あんた変わり者ね」


 彼女は屈託のない笑みを浮かべる。


「それだとしても、ここは島の掟で商売して良いのは朝の六時から八時までなのよ。だから、物を売るなら別の場所になさいな」


「あ、あぁそうするよ。それより、ここはどこ?」


「ここ? ここはスモジュのガルデン地区よ。私はそこのパラディスって店で働いてるニーナ。あなたは?」


「田中雄平」


「タナカユウヘイ? ……妙な名前ね」


「よく言われる」


 そう言って後ろを見てみると、彼女の働いている場所が出店などではないというのが分かった。


 小さな貴族の館よろしく、大理石の玄関口から柱。

 ちょっとした庭園から湯気が出ている。


「あれは温泉。ここね、温泉宿ってとこなのよ。貴族や金持ち様専用の」


 その言葉に含まれるのは、俺がここの世界の住人ではないと言いたげだった。


「ふうん」


「あら、あなたこういうの興味ないの?」


「別に。俺は毎日畑仕事して、飯がきちんと三回食べていられれば文句ないよ」


 それを聞いて、彼女は吹き出す。


「アハハハハ。あなた貴族のつもり? あー、おかしい。その野菜、まさか自分で作ったとでも言うの?」


「そうだけど」


 その言葉に、彼女は笑うのを止める。


「そんなの冗談でしょう」


「冗談じゃないよ」


 彼女は信じられないという顔をする。


「どうみてもあなた貴族じゃないってのに……。そんなの主人が聞いたら折檻されるかむち打ちでしょうね」


「いや、だからこれは俺が自分で作ったんだって」


「ふーん」


 彼女は信じてなさそうだったが、何かを思いついたらしい。


「そうだ。そしたらそれを証明してみせてよ」


「どういうこと?」


「明日、また朝にここへ野菜を持ってきて頂戴な。他の皆も誘って買わせるから」


「え、それマジで?」


「本当にあなたが作ってるっていうなら、明日もきちんと持ってこれるでしょう?」


 なるほど、どうやら俺は試されているらしい。


 俺はそう約束すると、アレックスの居る海岸の場所を教えて貰った。


 自分の島に帰ってヘレンにその事を話すと、彼女はちょっとムッとしていた。


「……旦那様、それはあまりいい場所じゃありません。明日行くのはよした方がいいです」


「え? どうして? ただの温泉じゃん」


「……温泉で女性が働くのはどういう場所かご存じなくて?」


 俺はそれを聞いて、魚の刺身を食べながら首を横に振る。

 にしてもこの刺身、イサキみたいで美味いな。


「売春宿ですよ。チェザーレ様が居たのも、あそこはチェザーレ様が出資して作った施設なので、あそこの経営で大儲けしているのです。まあ王様は温泉が目当てらしいですが」


「……マジ?」


 俺の言葉に、彼女は頷く。


 ……なるほど、彼女は娼婦だったのか。


 でも、確かにあんな子ならお手合わせして貰いたいように思えたが……。


「……それより旦那様」


「ん?」


「……裏切りは大罪ですよ。ふふふ……」


 と、ヘレンが不気味に口だけで笑うのはちょっと怖かった。


※続きは8/20の21時に投稿予定です。

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