第16話 あ、すんげえ嫌な予感パート2

「……ください」


 新しく作り直した藁のベッドで気持ちよく寝る俺。


 が、誰かに起こされている。


 とても優しく、暖か味のある感じの起こし方だ。


「……んん?」


 そう思って目を開けると、だ。


「起きて下さい、旦那様」


 目の前に下着姿のヘレンが居た。


 その光景を理解するのに十秒弱。


 即座に交感神経がフルパワーチャージされて、冷汗が流れ出す。


「なに、してるの?」


「……夫婦の挨拶です」


「ア、アリスは?」


「……さぁ?」


「……」 


 互いに沈黙の間。


 いつもならアリスが隣で寝ている筈だが。

 いや、あれもあれですごい嫌なのだが。


 その時、大きな物音が響く。


 床を這う、縄でグルグル巻きにされた、アリス。


「だ、大丈夫か!?」


 その光景に、思わず俺はすぐにベットから飛び起きて縄をほどく。


 すると、彼女は明らかに苛立った様子でヘレンに詰め寄る。


「あ、あんた何してくれてんのよ! 人のこといきなり縛り上げたと思ったら、アレックスの口に中に放り込んでさぁ!!」


「……何の話やら」


 どうやら、普段居たアリスが居なかったのは、ヘレンが原因らしい。


「第一夫人に対して第二夫人が喧嘩を売るってどういうことか分かってるのかしら!?」


「……そもそも互いに合意の上での夫人になってるならいいでしょうけどね。アレックスが言うには、ただの押し掛け女房って聞いたけど」


「な、なによそれ! そもそもあんたアレックスの言葉なんて……」


「……分かるわよ。これでも、きちんと戦士アカデミーで獣学講座を履修してたもの。あなたの場合、そのアカデミーですら座学が駄目で中退してるじゃない」


「な、なんですってえ!!」


 なるほど、アリスとヘレンはどうやら学校の頃からの因縁の仲だったようだ。


 島と島のプライド云々だけでなく、私生活ですらそういういざこざがあったのか。


 と、二人の争いを止めようとした時だ。


「頼もうっ!!」


 間が悪く、タンヂが入ってきた。

 それも相変わらずお供を連れ、華美な服装で。


 が、彼は自らの愛しい婚約者の姿を見て、硬直する。


 ヘレンはその瞬間、手近にあった鍋を放り投げる。


「……相変わらず無粋な男だっ!!」


――バゴンッ!


 鈍い音と共に、タンヂのデコに鍋がヒット。これは痛い、痛いですねぇ。


「だ、大丈夫ですか若様!!」


「わ、若様!」


 こいつら普段から、こういう役回りの待機要員やってて疲れないのか?


 とりあえず回復を待とうと思ったが、


「ふ、ふっふっふ。大したものでもないな」


 と、数秒で復活した。


「……お前やっぱりタフだな」


「タフ? ふっふっふ、違うな!! これは愛の力だぁああああ!!!」


 突如また剣を抜いて俺へ脳天唐竹割りを決めようとしてくるが、きちんと白刃取りで返す。


「か、観念しろこの間男が! 貴様、人の妻をあんな姿にして一緒に暮らしてるなぞ言語同断の極み!」


「んな事言われたってなぁっ!! 俺も今の現状がよくわからないまま現在進行で色々あって困ってるんじゃい!!」


 そう押し問答をしていたら、ヘレンが余計な一言を漏らす。


「……タンヂ、もうあなたは私の婚約者じゃないのよ」


 その言葉に、タンヂの手が止まる。


「え? ヘ、ヘレン、お前、今なんて?」


 その反応に、彼女は俺の腕を掴む。


 あ、すんげえ嫌な予感パート2。


「……この方が、昨日私の旦那様になった。お前はこの人に負けただろう。……だからだ」


 その言葉の意味を瞬間に理解はしてなかったタンヂ。


 だが、しばらくして口を大きく開くと、白目を剥いて泡吹いて気絶した。


「わ、若様!!! 気を確かにっ!!」


「わ、若様ぁ!!」


 ……前言撤回、これはこれですんげえ大変な仕事そうだ。


 とはいえ、余計な事を言うのはやめて貰いたかった。


「あのなぁ、俺はお前の旦那になったつもりも糞も……」


「そうよそうよ!! そもそも私は押し掛け女房なんかじゃないもん! 第一夫人だもん!」


 アリスも加勢して、再び三つ巴に。


 が、再びしばらくしたらタンヂが復活した。


「な、なるほどなぁ……。そうかそうか。私が負けたのが良くなったか……」


 肩を震わせて、不気味に黒いオーラをまとい立ち上がる。


「だからこそ……、だからこそ貴様には昨日一晩かけて、きちんと再戦すべくあるものを用意した」


 何だか異様な空気。

 これまたすげえ嫌な予感がする。


「出でよ!! 我がスモジュの守護神!! ペンドラゴン!!!」


 が、何も起きない。


「……なんだ?」


「ふ、ふっふっふ。どうやらまだちょっと近くに居ないらしいな。そろそろ来る頃、か」


 外へ出てみるが、雲一つない澄み切った空。


 何の変化もない。


「何もないけど……」


 遠慮がちに俺がそう言って振り返った瞬間、


――ドスンッ!!!


 と、大地が揺れる。


 振り向くと、そこには巨大な翼竜が居た。


 というかまんまプテラノドン。ジュラシックパークか、この世界は?


「我がスモジュの守護神! ペンドラゴンよ! 今こそ我が島に屈辱を与えし者に死を与えろ!」


 これまた巨大な相手と戦えということなのか。


 俺は正直頭が痛い。


 こんな図体したやつと戦ったことなんて……。


「いや、あるか」


 そう思った時、俺はペンダントの存在を思い出す。


「そのプテラノドンの相手だってなら、こっちも用意できるぜ。……頼むぞ、シーサーペント!!」


 そう言って叫ぶと、ものの十秒もしないで、海から水柱をあげてシーサーペントが現れる。


「キュルルー♪」


 あの時の凶暴さはどこへやら、円らな瞳が愛らしい。


 怪物対怪物の戦いが幕を開ける。


「ニ、ニヨルドだと!?」


 シーサーペントを見て、随分とタンヂは狼狽している。


「き、貴様その神獣を一体どこで!?」


「いや、最近なんかこいつが暴れてたから倒したら、何か味方になった」


「ぐ、お前は一体……。し、しかしここで退いては名が廃る!! ゆけぇペンドラゴン!!」


 主人の言葉に従い、ペンドラゴンはシーサーペントことニヨルドに襲い掛かる。


 が、ニヨルドはペンドラゴンの攻撃を尻尾で受け止めると、そのまま海中へと引きずり込もうとする。


 ほぼ力は互角らしく、海面上で一進一退といった具合だ。


「……旦那様、何故ニヨルドをっ!?」


 そこへ、ヘレンが聞いてくる。


「……ニヨルドは島の守護神より更に格上の神獣の一つ。貴族どころか王様ですら容易に扱えない獣なのに」


 聞けば、この世界のモンスターにはランクがあるという。


 神獣、守護獣、獣、家畜らしい。カードで言うノーマルからレアみたいなもんか。


 ……ん、家畜もモンスターなの?


「いや、何かパンチしたら大人しくなったんだよな」


「……そんな話が本当なわけ」


 だが、俺の顔を見て、ヘレンは嘆息する。


「……旦那様は、本当によく分からない素性の方です」


 そうは言うが、ヘレンの顔は何だか嬉しそうだ。


 一方、アリスとアレックスは、バトルの行く末が気になるようだ。


「あーっ!! 違う違う! そこでうまく尻尾使って薙ぎ払っちゃうのよ!」


「グル!! グルルル!!」


 ……やっぱり君ら仲良いでしょ?

 互いに手を取り合ってるし。


 と、そんな一進一退の攻防もペンドラゴンの方が遂に根を上げた。


「グギャカ!!! グギャガガ!!!」


 ペンドラゴンは悲鳴を挙げると、翼を広げて飛び上がり、そのままこちらへと戻って来た。


「こ、こら!! ペンドラゴン、貴様逃げるな!!」


 主人の言葉も聞こえてないのか、戦意を喪失したペンドラゴンは主人を越えて森へと逃げ込む。


「俺の勝ちってことでいいよな?」


 そう言うと、タンヂは膝をつく。


「……くそぉ」


 彼は肩を落とし、盛大な溜息を漏らす。


「妻を寝取られ、決闘では負け、ペンドラゴンも敗れるとは……」


「いや、寝取ってないし。そもそも俺は独身のつもりだし」


「……私のような不世出の英雄の素質を持つ者が、こんなどこの生まれとも知らぬ者に負けるとは……。ご先祖様に申し訳が立たん……。苦労して家を興した歴史が私の代で……」


「い、いやそういうもんでもないような」


 そう愚痴を漏らし出すと、彼の前にヘレンが立つ。


 すると、そのまま座り込んで彼の肩に手をソッと置く。


「……情けないのは、そうやっていつもデカい態度を取る癖に、いざ負けたらそうして泣いて何も変えようとしないところだ」


「ヘ、ヘレンちゃん」


「……もう分かっただろう。私はここで暮らす。貴方は島に帰って島の為に働けばいい」


「はぃ……」


 諭された坊ちゃんは、こうして船団を引き連れて帰ってしまった。


 ……つかれた。


※続きは8/19の21時に投稿予定です。

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