第15話 やっぱりダーリン最強!

 というか、知っててもこれは知らないと答えろ定期ってやつか。


 そう答えようと思ったが、家から丁度ヘレンが出て来た。


「あ、ご主人様。畑に行ってきます」


 テクテクと畑へ向かう彼女。


「……」


「……」


 俺とタンヂ、しばしの無言。


「……なるほど」


 そうタンヂは言うと、すかさず剣を抜いて切りかかってきた。


「きさまかああああああああああっ!!!!!」


「あぶねえやめろぉっ!」


 真剣白刃取りで食い止める。


「何故貴様のような男が我が妻となる女を奴隷にしたっ!? ええっ!?」


「しょ、勝負で勝ったらスモジュの掟だとか言われたから仕方なかったんだよ!」


「ふざけるなっ! 聖戦士が負ける訳なかろう! 貴様が良からぬことを吹き込んだのだ!」


「んなわけ……、あるかぁっ!!」


 とりあえず剣をそのまま腕の力で押し返すと、今度は互いに逆の姿勢になる。


「ぐぬぬぬ、き、貴様!」


「悪いが単純な力勝負でいくなら、負ける気はないぜ」


 有利な立場からの不利になった途端、俺の方が上だと言うのを理解したらしい。


「く、くそ!」


 剣から手を離すと、タンヂは髪をかき上げる。


「ふ、ふっふっふ。こんなのは軽い小手調べみたいなものだ」


 急に余裕そうな態度に戻る。


 いや、お前さっきまで手が震えてたじゃんか。


「とりあえず、真の決闘といこうではないか。場所はあそこだ!」


 それは帆船の帆を支えるヤード。


「……おいおい」


 まるでラテンの海賊ばりの申し出に俺は頭を抱えるが、断れなかった。


「……ご主人様、頑張って下さい」


「まぁ、程ほどにやるさ」


 俺はヘレンからバトルアックスを渡される。


 一応、このアックスはヘレンが実家から持ってきた由緒あるものらしい。


 大事にしないとな。


 そんなヘレンと俺の姿を見てか、タンヂは苛立った様子だ。


「我が妻よ! 何故そのような馬の骨の奴隷なぞになっているのだ! あぁ、哀しきかな、きっと何か事情があって……。だが安心して欲しい。必ずその男を倒して、お前を自由にしてやる!」


 その言葉に、フッとヘレンは失笑する。


「……お前と結婚するくらいなら、ご主人様と一緒にいた方がまだいいわ」


 とりあえず、今の氷のような言葉は聞かなかったことにしよう。


 彼女曰く、マザコンで臆病でどうしようもない軟弱男だから嫌いなのだとか。


 それと、息がタバコ臭いから。


 ……なるほど、残念イケメンなのだろうな。


 そうしてヤードに昇ると、タンヂは華麗にアックスを振り回している。


 結構な重さがあるだろうけど、それを使いこなすだけ見ても、本当は中々の実力者なのではないかと思うが。


「はっはっは。どうした!? 風に怯えて動けないなんてことはないだろうな?」


「いや、お前決闘はいいんだけど、負けた時どうするの?」


「なるほど、死ぬことを恐れているのか……。たしかぁあああに……っ! この高さなら甲板で首の骨を折って死ぬか、もしくは海に落ちて意識のないままサメの餌になるか、だ」


「……いや、俺はお前の心配してんだけどなぁ」


 どうやら俺ことなど眼中に無いらしい。


「ダーリン!! 負けるなぁっ!!」


 アリスとヘレンは甲板でお茶を飲みながら観戦している。


 お前ら、気楽でいいよなぁ。


「それでは、いくとしよう……。はじめっ!!」


 そう言うと、タンヂは華麗な足取りでアックスをこちらへ振り降ろす。


――ガキンッ!!


「ほ、ほう。いきなりこの一撃を受け止めるとはなぁ」


 言うほどすごい一撃だったろうか?


 正直、島で岩砕く方がまだ歯応えあるような気もする、というかヘレンの一撃よりも力を感じない。


「うーん、やっぱり決闘やめにしとかないか?」


「ふっ! 臆病者めが!」


 そう言ってアックスを振り下ろして来た瞬間、俺はそれを受け止めると、すかさず勢いで海の彼方へと弾き飛ばす。


「なっ……!?」


「はい、これでお前の負けだな」


 そう言って俺はアックスを下ろす。


 だが、タンヂは諦めていない。


「な、ならば次は剣だ!」


「まだやるのか?」


 次は僅か五秒で決着がついた。


「そ、それならば次は槍だ!」


「……まぁいいけど」


 次も七秒で勝負が決まった。


「えええぃっ!!! ならば素手で勝負だ!!!」


「正気かよ?」


 これは僅か一秒で決まる。


 KО勝ち。


「……帰るか」


 気絶したタンヂを背負い、甲板へと戻ると、アリスとヘレンが駈け寄ってくる。


「すごぉい! やっぱりダーリン最強!」


「……」


 言葉は無いが、ヘレンが自然にほほ笑んでいる。


 しかも、何だか目が潤んでいるような。


「わ、若様! 大丈夫でございますか?」


 気絶した主人を気遣う侍従連中を他所に、俺は二人を連れて帰ろうとする。


 が、タンヂが意識を取り戻す。


「ま、まてぇい……」


 左頬を腫らしたタンヂが、ヨロヨロと起き上がる。


「き、貴様なんぞに我が妻を……」


 執念というべきか。

 生命力は随分あるらしい。


「お、お前さぁ……」


「本当の勝負はこれからだ……。明日また再戦といこう、では……、ない……かっ」


 と、言うとタンヂは甲板に前のめりで倒れる。


「わ、若様っ!」


「気をしっかり若様!」


 ……まぁ、多分大丈夫だろう。


 俺は二人を連れて島に戻ることにした。


 そして夕焼け沈む時間。

 海岸の帆船は未だに動かず、こちらを監視するように篝火を焚いている。


「はー、せっかくの風景が台無しだな」


 俺はそう溜息を漏らしつつ、バーベキューをしていた。


「……旦那様、そちらの貝が良く焼けてるようです」


「お、サンキュー」


 このバーベキューはヘレンの提案だった。

 なんでも、スモジュの掟では祝い事にはバーベキューをするらしい。


 でも、祝い事ってなにがだ?


「アレックス!! それは私の! 私の魚なのぉ!」


「ガルゥッ!」


 相変わらず二人は食べ物の取り合いをして仲が大変よろしい。


「それにしても、バーベキューが祝い事って、何でそうなの?」


「……よく知りませんが、そういう習わしですので」


「ふぅん……。にしても、ヘレンって思っていたより今日機嫌いいな」


「……ふふふ、そうでしょうか」


 不気味に笑うのは相変わらずだが、どことなく上機嫌なのは間違いない。


「そんなにあいつ、タンヂが嫌いなのか?」


「……それもそうですけど、私の立場が変わったからですかね。……旦那様」


「ん? どういう事……」


 その時にある事に気が付いた。


 ……俺への呼び方、変わってねえか?


 すんごい嫌な予感がする。


「……スモジュの掟では、婚約者が婚約者以外の男に敗れたら、破った男と結婚するというのが習わしなのですよ。……ふふふ」


 ……お前のとこの掟、すんげえ面倒だな。

 つうか、それ事前に教えてくれよ。


「……これで、私も聖戦士でも奴隷でもなく、旦那様だけの」


 そういって、自然と近寄ってきた彼女は両手をスッと肩へ回す。


 あー、これ……不味い。


 そのまま唇と唇が接近しようとした刹那。


「あんた何やってんのよぉ!!!」


 と、アリスが猛然と割り込む。


「掟だろうが、何だろうが知らないけど!! それがそうだとしてもあんたは公的に言えば第二夫人って立場でしょうが!! 場を弁えなさいよぉ!!」


 お前、聞いてたのか。


「……ふふふ。そうおっしゃいましても第一夫人様。今は私と旦那様との会話と世界でしたので、つい」


「っていうかあんたキャラ変わり過ぎでしょ! 聖戦士だったら、聖戦士らしく前の調子で話なさいな!」


「……あれは仕事上の演技みたいなものですから、無理です」


 ギャアギャアと始まった喧嘩。


 俺はスッと抜けてアレックスに近寄る。


「あー、面倒だな」


「グル?」


 こいつだけは俺の味方かつ癒しだなぁ。


※続きは8/19の12時に投稿予定です。

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