第13話 武士の情けってのも必要であってな
えー、どうしてこんなことになったのでしょうねえ。
俺はただアリスを助けようと思っただけなのに。
気が付けば群衆が見守る中、聖戦士のヘレンってやつと戦う事になった。
「覚悟は、いいな?」
威圧感はある。
彼女の目は明らかに獣を殺す目。
ギラギラしている。
「あー、ちょっと確認いいかな?」
「……なんだ?」
「これって、相手を殺すまで終わりないとかってやつ?」
「当たり前だ」
「……マジか」
どうやら本当のタイマンらしい。
そして、彼女は大きく息をつくと、槍を持って突進してくる。
「覚悟ぉっ!!!」
「うわぁっ!」
突かれた槍を、剣で何度か返して弾く。
――あれ、言うほどこれ怖くねえな。
何だろう。
小学校の時に掃除の時間に箒でチャンバラしてた時。
あれに感覚は近い。
「お! よぉ! はっ!」
何故だか相手にどう返せばいいか、剣が自然と動く。
その度に、ヘレンも額に汗を浮かべる。
「こ、こいつぅ!」
歯ぎしりするヘレン。
「あの男、すげえな。聖戦士と互角にやってんぞ」
「一体あの人何者?」
見守る群衆も、俺が槍を受け止める度に歓声を上げる。
――いや、シーサーペントやアレックスの時のがもっと怖かったな。
正直そんな事を思いながら受けていると、ヘレンに一瞬隙が出来た。
俺はすかさず剣で槍の穂先を斬り落とす。
群衆がどよめく。
「ぐっ!!」
ヘレンの顔がみるみる青ざめる。
そして、そのまま彼女の首に剣をかざす。
「俺の勝ちってことでいいな?」
「う……」
そううめき声を上げて、彼女は槍を落とすと、へたり込む。
「ま、負けだ……」
その言葉の瞬間、群衆が一気にどよめく。
「わ、私が負けるなんて……」
彼女は戦意も自信も喪失したのか、涙目だ。
「……うぅっ。我が家始まって以来の失態だ。生きていけない……」
勝気で高慢な感じは何処へやら。
すんごいションボリしてる。
俺は気絶したままのアリスを背負い立ち去ろうとするが、群衆に白目で見られる彼女もちょっと可哀想に見えた。
「聖戦士だってのに、何で男に負けてんだ?」
「いや、あの男が強いってだけじゃないの?」
「どうせ名ばかりってことだろ。最近の女戦士も随分質が落ちたっていうし」
「……」
んー、どうしたもんか。
俺はとりあえずどうしようか悩んだが、自信喪失したヘレンの腕をひく。
「ほら、立てよ。負けたってくらいでいちいち落ち込むな」
「うぅ……戦士の誇りが、家名が、経歴が」
「あぁーめんどくせえ!」
俺はそう言って二人を担いでそのまま場を後にした。
人込みを離れて少し静かな公園っぽい所に移動した。
アリスは目が覚めると、すぐに抱き着いてきた。
「きゃー♪ ダーリンもう会えないかと思った!」
「そう引っ付くなっての!」
「それはそうと、何でこんな高慢ちきな馬鹿女もいるのよ!」
アリスは当然ヘレンに敵意を向ける。
因みにアリスから事の経緯を聞いてみれば、徴税の仕方が苛烈になってきたので、その担当であるヘレンに決闘を挑んで減税を頼もうとしたらしい。
ヘレンはスモジュ島という島の生まれで、ソウファ島を統治する役人を務める家系らしい。
が、島を救おうとしたアリスは見事に敗戦。
何でも、幼い頃から知り合いである一方、アリスは彼女に勝った試しがないらしい。
……じゃあ、何で戦いを挑んだよ?
が、その相手は何だか一気に駄目な子と化している。
「あぁ……、スモジュの歴史が、我が一族の名誉が……、私の履歴書が……」
そんな彼女を見てアリス。
「ねえ、一体どうしたってのよ、こいつ?」
「……俺に負けたからだ」
「えっ!? ダーリン、ヘレンに勝ったの?」
「そうだけど?」
「えぇー……。それはちょっと気の毒」
「なんで?」
「男に負けたって事は、その島の言い伝えで結婚するとかってない限り、とんでもなく不名誉なことなのよ。下手すりゃ家と島も取り潰されるし」
「え、マジか?」
「マジマジ。でもスモジュの掟は私知らないし……」
そうアリスが口にすると、ヘレンが口を開く。
「……れいだ」
「え?」
聞こえなかったので聞き返す俺とアリス。
「奴隷になるのよ」
奴隷?
スレイブ?
ちょっと意味が分からない。
「え、それ本当か……?」
――コクン。
彼女は小さく頷く。
「スモジュの掟では、男に負けた女は奴隷になるのよ。それが代々の掟」
か細い声で彼女は白目で天を仰ぐ。
……負けてやりゃよかったかもしれない。
いや、でも考えようによっては、このモデル体型のスレンダー美女を奴隷にできるって結構……、中々……。
「ダーリン! こいつ奴隷になるって本当?」
「あ、あぁ……」
「いやったぁー!!! 散々今まで馬鹿にされてきたんだもの! こき使ってやる!!」
「いや、何でお前がこき使うんだ?」
「だって、ダーリンの所有物ってことは、私の所有物だもん」
夫婦なんだから夫の給与は私の物みたいな理論、やめろ。
……やっぱり、奴隷はやめよう。
「あのさぁ、ヘレン?」
「なんだ?」
死んだ目でこっちを見るな。
「掟だか何だか知らないけど、俺は別にお前を奴隷にするつもりはないから、今まで通りお前は聖戦士とやらで生活すれば……」
「それは駄目だ。もしお前が私を奴隷にしないというなら、私は自分から奴隷市場に行くしかない。掟は掟。守らないのはどちらにせよ島で死刑になる」
……ほんとこの世界って掟が一番の世界なのな。
俺は天を仰ぐ。
一応、どこぞの誰かの奴隷にするくらいなら、自分の奴隷として優しく扱おう。
こうしてヘレンは俺の奴隷になった。
ヘレンはあの勝気そうな感じから一転して、どんよりとした空気をまとっている。
「……ご主人様、お茶入りました」
「お、おう」
「……それでは」
まるでそこだけ暗雲が立ち込めてるような空気。
「ふ、ふふふ」
不気味な笑いが木霊していく。
それでも、洗濯だったり、掃除だったり、アレックスの餌やりだったり。
まぁ色々と細々したことはしてくれている。
非常に助かるし、嫌そうな感じでもない。
とはいえ、ヘレンが奴隷となったのは、村人にはすんごい驚かれた。
「聖戦士がまさか倒されるなんて……」
「でも、スモジュから奪われた漁場が戻るわけでもないし」
「なんつうか、それはそれで可哀想だねえ」
結局、スモジュの一役人で戦士にしか過ぎないヘレンを奴隷にしたからといって、島が失った漁場は戻ってこないらしい。
徴税の役人は新しく選ばれたらしいし。
まぁ、そりゃそうか……。
しかし、アリスの方は今までの雪辱が晴れたのか、とんでもなく高圧的だ。
「あ、奴隷ちゃん」
「……はい、なんでしょうか奥様?」
「私にもお茶頂戴な。あ、それとお菓子のフルーツも欲しいわ」
「……畏まりました」
そのヘレンの姿を見て、アリスは上機嫌そうに鼻を鳴らす。
「……結構お前えげつないな」
「負けて奴隷になったんだから、それ相応に使ってあげないと。むしろダーリンが奴隷に対して甘いのよ」
「いや、武士の情けってのも必要であってな」
俺は溜息を漏らす。
とりあえず畑に行くか。
ピーマンが萎れているのは、どうやら半身萎凋病というのが原因みたいだ。
農薬はないので、とりあえず苗を抜いて土を耕起する。
ついでに、そこへ趣味で作った納豆を水で溶いたのを撒く。
納豆菌防除とかいうやつらしい。
理屈としては、納豆菌で半身萎凋病の原因となる菌と戦わせる。
菌体防除という考えだという。
技術指南書、ほんと万能。
更に、浜辺で取った蟹の殻を撒いておく。
これで土壌の放線菌を増やして、半身萎凋病の菌を圧倒する。
うーん、完璧。
※続きは8/18の12時に投稿予定です。
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