第15話 決別
イツキは、「タモン様に報告してくる」と言って、一瞬にして部屋を飛び出して行った。俺はというと、寝間着姿のままで正門に向かって走っている。
さようなら――、あれはおそらく北闇を出るという意味だと思ったからだ。
正門まで来ると、そこにはたくさんの上級歩兵隊に、動物の面を着けた変な団体が一カ所に集まっていた。足を止めて、近くの物影に隠れて様子を伺う。
「先陣部隊に子どもを任命しただと!? タモン様は何を考えておられるんだ! もう夜だし、なによりアイツは危険人物だろ!」
「強化合宿の打ち合わせで、受験予定の混血者が数名、執務室に集まっていたんだ。鼻が利く奴らにくわえて、同居していた青空イツキと、あの赤坂キョウスケに精鋭部隊も一緒だ。問題はないだろう」
「なにが問題はない、だ! 力のコントロールはできているのか!? いや、それ以前の問題だ! ここにいるほとんどの奴らが、十二年前にアイツに家族を奪われ」「それ以上はよせ。罰せられたいのか」
面を着けている者が男の言葉を遮った。〝アイツ〟とは、いったい誰の話しをしているのだろうか。ともかく、イツキたちは先にユズキを追ったみたいだ。自己暗示をかけ、壁を飛躍し、急いで後に続いた。
しばらく林道を進んでいると、木が道を塞いでいたため立ち止まった。辺りを見渡せば、森に入ったところで別の木が倒れている。その奥にも何本か折れていた。荒れ果てた大地が広がっている。戦闘をした跡だ。
「――っ、ユズキ!!」
胸騒ぎがした。
倒れている木をどんどん通り過ぎていくと、草原地帯に出た。月夜に照らされた背の短い草が、風に吹かれて波のようにうねっている。そんな場所で、ユズキと、彼女の後を追った者たちが向かい合っていた。
いや――、ユズキだけじゃない。彼女の隣には、俺が戦った虎よりも遙かに大きく、大猿よりは小さい、そんな生き物が立っている。黒くて、ユズキと同じ瞳の色をした狼だ。そいつが皆の行く手を阻んでいた。
狼は鋭い牙を剥き出しにして威嚇していた。半獣化した混血者や面を着けた者たち、イツキや赤坂隊長が臨戦態勢でいるも、体長の大きさや異様な光を放つ目に一歩も動けずにいる。
ただの狼なのか、それとも重度なのか、判断がつかないからだ。
赤坂隊長が声を張り上げた。
「ユズキちゃん、頼むから戻ってくれ! これ以上先に行くと、俺でもタモン様を説得するのは不可能になる! だから理由を話してくれ!」
「人間と話すことなどない」
「――っ、十二年前、突然として現れたアレは北闇を襲った! 多くの闇影隊が犠牲となり、一般人も命を落とした! 奴は危険な存在なんだぞ!? それなのに、なぜ」「それは、北闇の過去だろう!」
声を大にして、腹の底から叫ぶユズキ。束の間、口を閉じた赤坂隊長であったが、目を据わらせてその真意を尋ねた。
今にも走り出しそうなイツキを止めている赤坂隊長は、ユズキを睨むかのように見つめる。
「人間はいつもそうだ。自分たちの歴史ばかりを重んじ、相手の歴史は知ろうともしない」
ユズキが何を伝えたいのか、俺には全く理解できずにいた。混血者の者たちもそうだ。だが、困惑する混血者と違って、赤坂隊長とイツキ、面の者たちはそうではない様子だった。
面の者が言った。
「お前は奴の味方。そう捉えていいんだな?」
ユズキが目を閉じた。
俺にはわかる。無表情のように見えて、あれは答えに迷っている時にユズキが取る行動だ。頭の中で答えを模索している。
狼がユズキの身体に自身の身体をすりつけた。すると、互いに異国語のような言葉で会話し始めたではないか。話し終えると、閉じていた目を開き、集まっている北闇の闇影隊に視線を向けた。
「僕は、ジンキの味方だ」
ユズキの言葉を合図に、その場にいる全員が一斉に動き出す。面の者たちから放たれる殺気は凄まじく、びりびりと空気を振動させた。
狼が咆哮し、ユズキも臨戦態勢をとる。互いにぶつかり合おうとした、その時だ。
「やめろぉぉぉおおお!!」
急に叫んだのはイツキだ。ユズキと面の者の間に立ち塞がって両手を広げる。
「俺を利用したのか?」
そう言い、潤んだ瞳でユズキを見据えるイツキの姿は、親とはぐれた迷子の子どものようであった。
「違う」
「――っ、じゃあなんで味方だなんて言うんだ!」
「僕は人間が嫌いだ」
「そんなの知ってる! でも、俺は特別だろ……?」
「二度も言わせるな。僕はジンキの味方だ。帰れ」
「イヤだ! どこにも行かせないからな!」
「お前にはまだわからない。ずっとジンキに対する憎しみを背負ってきたお前には、きっとまだ理解できない。さよならだ、青空イツキ!」
「――っ、イヤ」「どけぇ! イツキィイ!!」
混血者に突き飛ばされたイツキは身構えることもせずに吹っ飛んでいく。それをカバーに回った赤坂隊長もろとも木に叩きつけられた。
二人は俺の方にまで転がってきた。背中を強く打ち付けた赤坂隊長の顔が歪み、その両腕の中にいるイツキは頭を抱えながら震えている。
「ナオト、来てたのか」
「はい……」
「指示しなくてもわかってるな?」
「勿論です。そのためにここで待機していますので」
「……にしては、地面がえぐれるほどにつま先が食い込んでるけど。まあ、聞きたいことは山ほどあるだろうが、今は堪えてくれ」
「了解です」
皆、ここに来るまでに派手に暴れている。最後に彼女を追えるのは、後から来た俺しかいない。
イツキが震える手で俺のズボンの裾を掴んだ。
「ナオト、俺からユズキを奪わせないで……。ユズキが居ないと……俺は……壊れる……」
俺もイツキのように見えていたのだろうか――。お前が壊れそうだと言っていたユズキを思い起こして、ふとそんな事が頭に過ぎった。俺からすれば、今のユズキの方が壊れてしまいそうだ。
面の者や混血者の攻撃をかわすだけで、ユズキは手を抜いて戦っている。大猿の時と違って本気じゃない。それでも全力で拳を振るう闇影隊に、ついに狼がぶち切れた。
体から熱気が放出され、草原なのに湯気が立ちこめる。そして、俺を含めた全員が驚くこととなった。
「――っ、なんなんだ、この生き物は!?」
「俺にも……わからん……」
全員が空を仰ぐように頭上を見上げていた。この姿は本来の大きさではなかったらしい。大猿よりも遙かに大きくて、前足を振り上げるだけ潰されてしまいそうだ。それから、俺たちはさらに驚愕することとなった。
「去れ、人間共よ。我の怒りに触れぬうちに、去れ!!!!」
轟音のように響いた声。それは人が話す言葉であった。耳を塞いで膝から崩れ落ちた闇影隊は、状況を理解しようとしているように見えた。だが、無理だ。人の言葉が話せる上に、報告にあった以上の体長をした生き物を理解することは不可能である。
その隙に、狼は先程の大きさに戻り、ユズキが背にまたがった。
「すまないがもう時間がない。僕には僕のやるべきことがある。お前たちは立派な闇影隊になれ。……行こう、ラヅキ」
駆けだした狼に向かって、イツキが泣きながら叫んだ。
「い…やだ……、イヤだっ! 行くなぁぁあ!」
ユズキは一度もこちらに振り返らぬまま、奥の森へと消え去った。同時に、俺も動き出す。
夜の森はとても静かだ。おかげで、ユズキが向かう方向はすぐにわかった。音を頼りに足に自己暗示を少しずつかけていき、背中を捉えて、一気にスピードを上げた。
ユズキが俺に振り向いた。高く飛躍して、ユズキの体を捕まえると二人揃って地面に叩きつけられる。
狼が俺に牙を剥いた。しかし、それをユズキが止める。
しばらく沈黙した。
俺は考えていた。もしこの狼がただの獣ではなく重度だとしたら、ユズキがあちら側の者だと意味してしまう。初めから敵だったか、あるいは後から向こう側についたか、ということになってしまうのだ。
王家の者は、重度とフードの男には何らかの繋がりがあると言っていた。
俺たちの命を狙った男の元に行ってしまうのだろうか。
「……なあ、ユズキ。これからじゃん。青島班としてやっていくはずだったのに、なんでだよ」
先に沈黙を破った俺に、ユズキが答える。
「言ったはずだ。僕には僕のやるべきことがある」
「手伝おうか?」
「なぜだ」
「――っ、友達だからに決まってるだろ!!」
ユズキの肩がぴくりと跳ねた。
「友達は常に一緒に居るものだって言ったのはユズキだ! だから一緒に卒業試験も受けたし、同じ班にしてくれってタモン様に頼んでくれたんじゃないのか!?」
まだユズキは目の前に居るのに、俺の胸にはすでに大きな穴が空いていた。彼女は絶対に戻らない。説得で頷くようなタイプではないとわかっているからだ。だけど、急すぎる。
ユズキを追いながらずっと考えていた。なぜ出て行く気になったのか、どこにそのきっかけがあったのか。タモン様が彼女を追い詰めたのか、北闇の住民が酷いことをしたのか。それとも、俺やイツキと居るのが嫌になったのか。
ユズキはいつも自分について語らない。俺がユズキのことについて知ったのは、タモン様と青島隊長から話しを聞いてからだ。
「本当の家族だったら、幸せだって……そうも言ってたじゃないかっ」
悔しい、悔しい悔しい悔しい。
俺にはユズキを説得させることは出来ない。それくらい彼女の決心は固い。ユズキは手の届かない場所に行く。出会った頃の事が頭の中を埋め尽くしていく。
俺とユズキの関係は、初対面で互いに言葉が重なったあの時から始まった。
「どこかで会ったことある?」「どこかで会ったか?」
ユズキの自己紹介が終わって、一限目が始まる前のことだった。目が合った途端に、互いに同じ事を尋ねた。
周りがひそひそと話している最中、それを無視して、彼女はいつも空いている俺の隣の席に腰を下ろした。
ただそれだけなのに、化け物としてではなく、真っ直ぐに俺という存在を見てくれたような気がして、胸の奥底から暖かいなにかが膨れあがってきた。醜くて、どんよりとした世界が明るくなった。以来、彼女とは友達で、友達ができた喜びからか、人の目や声に恐れることはなくなった。
それなのに、俺は顔をくしゃりと歪ませて必死に泣くまいとしている彼女を止める事が出来ない。眉を下げながら、唇を噛み締めるユズキを安心させてやる言葉すら見つからない。
父さんと修行をした。任務で多くを学んだ。訓練でお互いに歩み寄っていこうってそんな話しもした。けれど、肝心なことを学べていなかった。
俺は、ユズキの性格や体質以外に、何も知らない。
「何か答えろよ! 教えてくれよ!」
深く息を吐き出して、ユズキは他所を向いた。狼がユズキに声をかける。
「お前の考えていた通り、この小僧は追ってきたではないか。まだ北闇の領土内ではあるが、今のうちに用件を済ませておくべきじゃないか?」
「……いいだろう。ナオト、教えてやる」
そう言って、次に紡いだ言葉は「どうして僕がお前に接近したかをな」だった。接近という言葉に、意識が遠のいていくような感覚に見舞われる。
「僕にとって、周りの噂などどうでも良かった。呼ばれ方や扱われ方なんて気にもならない。ただ、あの言葉を聞いてからは、気にせずにはいられなくなった。お前をもっと理解する必要があると、周囲の言葉に耳を傾け、情報を収集した」
「俺の言葉って?」
「どうして北闇に冬がないのか――、教室でそう疑問を口にしただろう? あれを聞いた時から、僕はお前に興味を持ち、次第にこう考えるようになった」
「なんだよ……」
「こいつはいったいなにを隠しているのだろうか、と」
この一言で心臓が爆発した。顔面の筋肉がこめかみにむかって引きつっていくのがわかる。
「意味がわからないんだけど……。俺はただ、大人が話していたのを偶然聴いただけだ」
ユズキが俺に振り返った。もう悲しみに満ちた顔ではなく、いつもの無表情に戻っている。
「十二年前、北闇に住む大人にはある掟が二つ課せられたそうだ。そのうちの一つは……」
冬に関して絶対に口に出さないこと――。
「なっ……それはっ」
「お前の言動は僕に毎度の事こう教えていた。大きな隠し事を抱えているから人の目を避けている。俯く回数が増えていくのも、他人に興味を持たないのも、自分の殻に閉じこもっているのも、全ては誰にも知られたくない秘密があるからです、と。初めは噂のせいかと思ったが、そうではない。お前は〝冬〟を知っている。これこそが答えなのに、僕にはそれ以前の過程を聞き出すことができなかった」
丸裸にされた。胃が焼けるくらいの吐き気と、頭を鈍器で殴られているかのような頭痛がする。
「その秘密のために、ずっと友達の振りをしていたのか?」
「友達だと言ったのは本心だ。心からそう思っているし、家族だったらと考えたのも本当だ。そもそも、お前に嘘をついたことは一度だってない」
それはそうだろう。俺がユズキ自身について尋ねたことがなければ、彼女も俺に話したことすらないのだから。
「その言葉は卑怯だ」
「そうだな。だが、いずれ話してもらう。何を心の内に隠してそんなに苦しんでいるのか、その答えを見つけ出してみせる。それと、僕自身、片付けることがある。話しはそれからだ。だから今は追うな。僕に嫌なことをさせないでくれ」
俺を足止めさせるには十分すぎる言葉であった。優しく言われてはいるが、俺の秘密を知らずとも、情報を渡すと脅している。でも、二度と会えない、というわけではないらしい。
「また会えるのか?」
「言っただろう。僕はお前に嘘はつかない。ただ、この事は北闇には話さないでほしい。あとイツキにもな。変な期待を抱かせたくない」
「イツキの事はわかったけど、タモン様のことはまだ信用していないのか?」
「ああ。あいつは賢い男だ。言葉巧みに情報を引っ張りだす天才だからな。お前もあいつを信じない方がいい。お前の父親やヒロトもそうだ。走流野家について隠していることは、まだたくさんあるようだからな」
「ちょっと待って、それどういう意味? 走流野家の事なのに、なんで俺に隠すんだよ」
「僕にもそこまではわからないが、お前の出生と母親が関係している。頼るならイツキにしろ。あいつだけはお前を絶対に裏切らない。それは僕が保証する」
言いながら、ユズキは狼にまたがった。もう行ってしまうようだ。思わず伸びた手をユズキが握手するような形で掴んだ。結局俺は、この瞬間まで彼女に心配されっぱなしだった。どうしようもなく無力に思えて、お礼も言えず、謝ることもできず、握る手に力が入る。
「僕が動くのは、僕たちのためだ。いずれわかる日がくる。それと、お前は家族の事を調べろ。もしかすると、僕が見据える未来と合致するかもしれん。だから、それまで僕の事を信じてくれないか?」
「やっぱり、あのフードの男の所に行くの?」
「そいつに辿り着くのか、お前の祖父に辿り着くのか、どちらかだろう」
盗み聞きどころか、病室でのタモン様との会話をしっかりと聞いていたようだ。
「場合によっては、敵同士になるかもしれないぞ、俺たち」
「それでも僕は行く。また会おう、ナオト」
ユズキが狼の腹の横を足で軽く蹴ると、狼は一気に駆けだした。
「ユズキ! 信じるから!」
この声は彼女に届いただろうか。
数分後、イツキたちが追いついた。立ち尽くす俺に赤坂隊長が「帰ろう」と声をかける。寝間着は汗だくだった。
イツキの家に戻ると、泣き疲れたのかイツキはすぐに眠ってしまった。俺は一人で屋上に来ていた。
月光や夜風が肌を撫でる感触は、夜な夜な公園で会っていたユズキとの思い出が頭に浮かばせた。
しばらくぼうっとした後、思い出に浸たるのは終わりにして、月夜の国でツキヒメとウイヒメの母親から貰った首飾りを指でいじりながら、これまでのことを整理した。
まずは走流野家。
爺ちゃんから発症したとされる、遺伝性の体質。言霊の性質は違えど、共通して治癒能力があり、さらには自己暗示で身体を強化することが出来る。
最初に修行をした時は、俺にはまだ自分を傷つけるまでの力はないと思っていた。しかし、治癒能力があると知ってからは、簡単に治癒できるほどのダメージしか負っていなかっただけで、業火防壁のような威力の高い言霊になると、寝込むほどの大怪我を負うことがわかった。
このように、因果因縁を頭に入れて扱わなければならない言霊。混血者だけが持つとされていたはずが、どうして混血者と同等の力を走流野家が持っているのだろうか。
そして、子どもだけが見るという夢と、強烈な頭痛に自傷行為。俺が重度に接触してから発症したため、ヒロトを誘拐したのも重度であることは確実だ。この件に関しては、まともな会話すら出来ない一歳児の症状を口にした爺ちゃんが答えを握っている。
最後に――。
「ヒロトと父さんが隠している事って、なんだろう……」
ユズキとの友達関係が中途半端であれば、簡単には信じられなかったあの言葉。しかし、思い返せば、ユズキはずっと俺の家族を意識しているような素振りであった。ヒロトに対して態度を変えようとはしなかったし、俺とヒロトを離そうとしていたようにも感じる。だけど、やはり頭は否定している。
俺の家族が、俺だけに何かを隠すだなんてあり得ない。しかも走流野家に関することなら尚更だ。
真相を明らかにすにはイツキを頼ってみるしかない。彼の心身的な復活を待って尋ねてみるしかないだろう。
次に、イツキについて。
ユズキの話を聞く限り、幼い頃から鍛錬場に閉じ込められていた。原因は、人間の血と上手く順応できなかったためだ。力のコントロールができず、感情任せに、手当たり次第に人を傷つけた。
この事から推測するに、ユズキを追う前、正門付近で男が話していた〝アイツ〟とはおそらくイツキの事だろう。しかし、引っ掛かるのは、十二年前という言葉だ。家族を奪われたと言っていたが、十二年前とは俺やイツキが生まれた年だ。
話せないことは話さなくていいとユズキに言ったけど、知る必要があるのかもしれない。草原地帯での会話が、余計にその気にさせる。なぜなら、赤坂隊長も同じ言葉を口にしたからだ。
いったい、十二年前に何が起きたのだろうか。それに、ジンキって誰のことだ?
これもイツキに聞いてみるしかない。思わずため息を吐き出した。
「……いつ会えるんだよ、ユズキ」
俺の周りには謎を秘めた人物しかいない。俺自身がそうなのだから、文句は言えないけど、イツキしか頼れないというのは正直心許ない。
静かにイツキの家に戻って、適当な場所で寝転がった。ベランダで揺れる二着の戦闘服がやけに寂しく見える。本来なら、そこには三着あったはずなのにと、そう悲観してしまう。
そうして夜が明けた。
一度家に帰った俺は、合宿の準備をして正門に向かった。
「お待たせ」
先に着いていたイツキに声をかけると、無言で頷かれる。
「元気だせよ。痛みは半分こ、だろ?」
「――っ、うん。そうだね……」
「話したいことがあるんだ。それまでになんとか気持ちを落ち着かせてほしい」
「ユズキのこと?」
「ユズキも含めて、色々だ。だから、しばらくの間、イツキの家に泊めてもらうかも。ユズキの代わりにはならないだろうけど」
「友達だからいいよ。ちょっと待ってて、すぐに取りかかるから」
単純なのか、よっぽどユズキのことが大切のようだ。何回か深呼吸をした後、号令が聞こえぬほどに「うーん……」と唸るイツキを連れて、出発の一歩を踏み出した。
さなか、先頭付近にいる赤坂班の背中を凝視した。ヒロトは仲間と楽しげに談笑している。
とにかく、まずは上級試験に合格して上級歩兵隊に昇格する。そうすれば行動範囲が広くなるから、優先して集中すべきだろう。
ユズキと再会を果たすまでに、俺は走流野家について調べなければならない。今のところ、それが彼女との唯一の繋がりだ。
手始めに、爺ちゃんを捜す。
そう決心をして、俺は黙々と歩みを進めた。
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