第13話 ゴブリンキャンプ


(うわぁ・・マジかぁ)


 ゴブリンの集落の中である。


 木々の間に、何かの獣皮で作ったテントが幾つか点在し、見張りらしいゴブリンがたぶん雌だろうゴブリンを相手にさかっている。日本の高校生の感覚では、ちょっとご飯が不味くなりそうな光景だ。

 オットセイの鳴き声に酷似した叫びが辺りに聞こえているおかげで、かなり近くにまで接近する事ができた。


(あっちに2匹・・)


 奥の方にも3匹、テントの中でいびきをかいている。

 他のゴブリンが居ないということは、夜行性という訳では無いらしい。


(樹の上には見張りとか居なかったし・・)


 まあまあ油断している。


(・・あった!)


 樹から樹へ、こそこそと身を潜めながらテントの間を探索していると、ようやく目当ての大きなテントが見つかった。


 大きさからして、あの怪物ゴブリンのテントだろう。


(見張りは2匹か・・)


 他のゴブリンより体が大きい奴が2匹、テントの入り口に立っていた。

 小さいゴブリンは濃い緑色をしているのに、ここの2匹だけは灰色をしている。

 周囲に、他のゴブリンは居ない。


(後ろが、ガラ空きだよ)


 自分の後ろを振り返りつつ、足音を立てないようにテントの後方から忍び寄る。

 テントの設営が雑なのは遠目に確かめてあった。

 近寄ってみると、案の定、テントの縁がだぶついている。そっと持ち上げると、薄明かりの中に、主の居ないテントの様子が見渡せた。下は獣皮が厚めに敷かれ、壺や樽が隅に並んでいる。


(・・よし)


 俺は身を屈めたまま、するりと中へ忍び込んだ。

 すぐ外には2匹のゴブリンが見張りに立っているが、テント越しに見える2匹の影に変わった動きは見られない。


 箱やら革袋などがあったが、どうも、あの大きなゴブリンのサイズに合わない。


(どっかからって来たのかな?)


 たぶん、価値が分からないまま、適当に集めてきたという感じだ。


(・・これって?)


 革袋には、ビー玉みたいな石が詰まっていた。俺が知っている宝石とは違うみたいだけど・・。

 少し考えて、倉庫に収納する。


 続いて、木製の小箱の方だが・・。


(きたぁーー)


 あると思ったんだ。使い道が分からずに銅貨や銀貨を首飾りにして喜んでいるような奴らだ。きっとお金か、光り物を貯め込んでいるに違いないと睨んで、危険を承知で忍び込んできたのだ。


(個人口座・・個人口座・・個人口座・・・)


 小箱の中身を手で触れながら集金していった。どこかの商人でも襲ったのか、金貨が整然と並んで入った小箱だった。銅貨と違ってひもを通す穴が無かったから放っていたのだろう。


(あとは・・短刀?)


 これも、怪物ゴブリンの手には小さすぎる代物だ。わずかに弧を描いた造りで、真っ黒な色をしている細身の短刀だった。古い物なのか、握りの部分に巻かれた革と木が取れてしまって、ほぼ刀身だけになっている。


(収納・・っと)


 テキパキと倉庫と口座に収納を済ませ、俺は入った時と同じように外へ出ようとテントの縁を持ち上げた。


(げっ!?)


 外に立っているゴブリンの影が動いた。


(見つかった!?)


 息を呑んで身を固くする。


(いや・・他のゴブリンが帰ってきたのか)


 2匹がテントから離れるようだった。それに合わせて、テントから外へ抜け出る。間を置かずに姿勢低く走って、眼を付けてあった樹の裏へ回り込むと、するすると登っていった。

 休まずに高い位置にある横枝まで辿り着く。


(・・気づかれていないな)


 テントから離れて行った2匹を見下ろしながら、ほっと安堵の息をついた。

 これで、もうゴブリンに用は無い。

 さっさと脱出だ。


(え・・?)


 最近やたらと良くなった俺の耳が、なにやら聴いてはいけないような悲鳴を拾っていた。

 断末魔・・それに近いような絶息しながら放った声だ。


(なんか・・駄目だ。これは・・)


 放っておいてはいけないやつだ。

 せっかく、上手に忍び込んで、首尾良く金目の物を頂戴し、気付かれないまま逃げ出せる所だったのに・・。このまま逃げちゃいけない事態が起きている。


(方向は・・あっち!)


 俺は短槍を手に地面へ跳び降りた。

 もう物音も何も関係無い。

 女が・・女の子が襲われている。


(くそっ!)


 俺は、地を蹴って全力で走っていた。

 例のごとく頭に血が昇っているが、まだギリギリ冷静さは残している。


 大きな木々が乱立する間を縫うように走り抜ける内に、先に歩いていたゴブリンを追い抜いたが構わずに駆け抜けた。


 そこに現れた光景を目の当たりにするなり、腹の底から怒りが噴き上がった。


 ゴブリンが食事をしていた。


 棒に刺した人間を焚き火で炙り、千切った手足を鍋に入れて、調理をしている真っ最中だった。それが雄なのか雌なのか全く分からないが・・。


 ぎょっと振り返ったゴブリンの頭を短槍で殴りつけ、横で立ち上がりかけた奴を槍穂で払う。そのまま、斜め前で鍋を見ていたゴブリンめがけて体当たりに突進して胸を短槍で貫き徹した。


 倒れ込んだゴブリンが鍋を倒して、煮られていた真っ白な手と足が焚き火の上にこぼれ出た。


(くそっ!)


 誰だか知らない。たぶん、女の手足だ。爪にマニキュアが塗ってある。


(・・ちくしょう)


 やや離れた木立の間からゴブリンの群れが駆けてくるのが見えた。


「タダで俺を喰えると思うなよ!」


 短槍を右手で引き抜いて、ゴブリンを見据えたまま荒かった呼吸を整える。


 正直、怖い!

 今にも足がすくみそうだったが・・。



「ウラアァァァァァァーーーーーー」



 腹から声を振り絞って気持ちをたかぶらせた。

 もう、行くしか無いんだ!

 女の子が喰われてるのを放置できるかっ!


 短槍を両手に持って、真っ正面からゴブリンの群れめがけて突撃して行く。何の考えも無い、無謀な行為だった。


 だが・・。


 どうした訳か、ゴブリンの方が及び腰だった。

 ざっと20匹近いゴブリンが、短槍を握って突進する俺を見て、狼狽うろたえ逃げ場を求めて右往左往し始める。


 おかしな話だが、俺の方がゴブリンを追いかけ回す事になっていた。


 走りながら短槍の穂先をゴブリンの襟首へ突き入れ、追いすがって脇腹を突く、足を打ち払い、って逃げようとするゴブリンの背中を貫く・・。


 まるで抵抗の意思が無いゴブリンを追い回して散々に突き殺していった。

 

 

 ・・フッ・・フッ・・フッ・・フッ・・・・


 

 獣のように荒く息をしながら、ゴブリンを求めて血走った眼を左右する。

 しかし、木々の間は静まりかえっていて動くものがいなかった。

 気が付けば、そこら中に緑肌のゴブリン、灰色肌のゴブリンが死骸となって転がっていた。


(手が・・)


 短槍を握りしめた手が小刻みに震えていて思うように動かない。


(まあ、いいや・・)


 槍を握りしめたまま周囲を見回しつつ歩いてみた。


(ぁ・・)


 少し離れた樹の裏側で、制服を引き裂かれ、半裸で絶命した女が見つかった。首がおかしな角度に折れ曲がっている。雄のゴブリン達に玩具にされたのだろう。片足の膝が棍棒か何かで打ち壊され、破れたスカートの下には大量の血が滴って血溜まりになっていた。


(ゴメン・・遅かった)


 女のまぶたを閉じ、手足を真っ直ぐにしてやる。たぶん、添乗員の女の人だ。高校の制服じゃない。


(他にも、居るのか?)


 鍋に入れられていた手足の持ち主は何処なのか。

 もう生きてはいないだろうが・・。


(あぁぁ・・)


 奥へ歩くと、今度は男子生徒達の死骸が見つかった。全員が手足を肘と膝から切り落とされ、腸を引き摺り出されている。


(4人・・1人は多分・・運転手さん?)


 かなり高齢の男が混じっていた。


(こっち・・女の先生だ)


 木の枝に逆さに吊されて内臓を落とされた女の死骸があった。顔の形がよく判らない状態だったが・・。

 同じように、木の枝に吊されて解体されている少女の死骸が4体・・。

 すぐ近くに、手足を失った少女の死骸が転がっていた。


(こっちは、男・・)


 少年の死骸が2体、頭部を粉砕された状態で斃れていた。

 注意して見ると、下草に埋もれるようにして剣があちこちに落ちていた。


 この辺でゴブリンに遭遇して戦ったのだろうか?


(・・このままだと、犬に食べられるかも)


 こんな危険な世界に連れて来られて、ゴブリンみたいな怪物に殺され、山犬に死骸を喰われるとか・・。

 いくらなんでも悲惨過ぎる。


(・・全部で10人)


 町へ逃げた少年達8人と命を落とした2人を加えると、20人が欠けたことになる。あの8人が廃村へ帰っていれば良いけど。どっちにしても、生き残りは高校生ばかり。みんな廃村に立て籠もっているのだろうか。


「このままじゃ駄目だ」


 何とかしないと・・。

 みんな、もっとちゃんと考えないと・・。

 

 でも、どうすれば良いんだろう。他校の・・女の子みたいな顔をした俺が、あれこれ指示をして誰が耳を貸してくれる?


 そもそも、俺は何かできるのか? 俺は、生き延びられるのか?

 どうしてだか、ゴブリンが俺を怖れてくれたから・・。普通に向かって来られたら、今頃、鍋の具材か、吊るし切りにされてゴブリンの腹の中だ。


(いや・・そうだ。そこをちゃんと考えないと・・)


 あれは偶然じゃ無い。何か、きちんと理由があるんだ。


 震える手をゆっくりと短槍から外し、血脂あぶらで滑る手を眺める。


(・・動こう)


 すぐに、小さく息を吐いて薄暗くなってきた空を見上げた。

 完全に暗くなるまで、あまり時間が無い。

 血の臭いに誘われて、森の奥から何が近付いて来ているか分からないのだ。


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