第9話 流民局


 流民局での説明は、この町の統治状況から、商人ギルド、職人ギルドといった主要組織について、さらには身元保証制度、四大教会と王家の関係性などで2時間、人間と呼ばれる種族と分布、互いの関係性、通常の獣と魔物の種類や分布・・と続き、やっと終わったかと思ったら、総括的に大陸史が始まった。


(・・うん、そろそろ服が欲しいんだけど)


 俺は、この一方的で果てしない講義の間、ずうっとふんどし一丁である。

 最初こそ気が重そうにしていたおばさんが、途中から乗ってきたらしく、黒板にあれこれと書き綴り、大陸図を拡げた横に、近隣図を並べて指し棒を折れんばかりに振って声を張りあげる。


(でも、詳しい情報はありがたい)


 そもそも、日本の高校生がこの世界に存在していること自体が非常識なのだから、本当かどうかは置いておいても、こちらの人達の考え方や感覚のようなものが少しでも理解できれば、変な揉め事は避けられるかもしれない。何か特別なことがやりたいわけじゃないのだ。


(・・というか、何をやったら良いのかな?)


 日本なら、高校を卒業して大学進学か、実家の酒屋に就職か・・。


 こっちの世界だと、どうなるんだろう?


 学校とか?


「なにか、質問がありますか?」


 やりきった顔で、おばさんが汗を拭っている。実に良い顔だ。


「ええと、こちらの世界でも学校がありますか?」


「ありますが・・王家の設立した学校は、貴族の子弟、もしくは豪商の子息しか通えません。他は私塾に通って手習いを覚えるか、ギルドで下働きをして仕事を覚えるか・・そうした子供達が大半です」


「なるほど・・」


 職に直結コースという事だ。ぼんやり学校に行って卒業して何になるかなど考えている余裕は無いんだろう。


「これまでにも、流人が来ましたか?」


「ええ、もちろんです。流民局では50年に一度、流人の登録作業を行っています」


「50年・・」


「前回は18人だったようですが、今回は多かったですね」


「あ・・何人でした? みんな無事に着いたんですか?」


「ええ・・少し、良くないことがあったようで、怪我をした人も居たようですが、36人が到着し、無事に登録を完了しています」


「そうですか」


 あれだけの人数だ。異常な出来事の中で、団体行動するのは難しかっただろうと思う。揉め事の1つ2つ起こっただろう。


「他には?」


「流人って、働き口はあるんですか?」


 これは大切な質問である。正直なところ、魔物退治をやれとか言われたらお手上げだ。いや、町の近くで、たまたま遭遇したとかなら頑張るしか無いけど、わざわざ自分から出向いて行って魔物を狩るとか、確実に早期に人生を退場する。完全な運任せのブラック職場である。

 臭い、きつい、汚い、危険・・・おまけに、たぶん、保険とか無い。

 絶対に就いちゃいけない職業の一つだろう。


「流人の人達は、身元保証がありません。なので、3年間は狩猟者として、野外での狩猟や採取活動に従事して貰っています」


 おばさんが直球を投げ入れてきた。ほぼ頭部直撃の危険球だったが・・。


「・・身元保証って、必要なんですよね?」


「身元が保証されないと、宿に泊まれませんし、ギルドに加入している店舗や職人の人とは取り引きができなくなりますよ」


「そうですか・・」


 なんとなく、自分の立ち位置が掴めてきた。


「3年後はどうなるんです?」


「身元保証を得た後は、それぞれ御自由になさって下さって結構です。ある程度の蓄えもあるでしょうし、狩猟者にこだわる必要は無いと思いますよ」


「なるほど・・」


 要するに、外来種である流人は、こちらの人間達が就きたがらない職へ回され、3年後に生きていたら、自分の才覚で何とか頑張れと・・。


(それもそうか・・)


 異界から流れ着いたからと特別待遇される理由は無いし、自立してお金を稼げない人間は、町にとっては乞食と変わらないのだろう。

 どこかに訴えれば、同情的にあれこれ世話を焼いて貰える日本とは、根本的に世界が違うのだ。


「さて、他に質問が無ければ・・」


 言いかけた言葉をさえぎるように手を挙げた。


「怪我や病気で狩猟に行けなくなったら、どうなりますか?」


「治療院に預けられ、回復したら狩猟に戻って貰いますが、治療中の期間は3年間の義務期間として数えられません」


「治療院での治療費が払えない場合は、どうなりますか?」


「残念ですが、身元保証が無い方は前払いが義務づけられています。前もって金銭が支払えない場合は治療そのものを受けられません」


「・・身元保証が無い者が、金銭を得る方法はどんなものがありますか?」


「狩猟者として、仕留めた獲物や採取した薬草などの対価を得るか・・いえ、それしかありません」


 何か言いかけて、おばさんが首を振った。


「指定された獲物を狩ってきた対価・・ということですよね?」


 酷く安そうだ。


「はい」


「その獲物の毛皮や肉とかを自分で売ることはできないんですか?」


「身元保証が無い人が商人との取り引きをすることは禁じられています」


 なるほど、勝手に金銭を稼げないようになっているらしい。有料だが、換金魔法に頼ることになりそうだった。最初の元手を得るまでの辛抱か。


「過去に来た流人で、お金を稼げなくなった人達って、どうなったんですか?」


「奴隷商が肩代わりをして身元保証を与える代わりに、奴隷として売られることになります」


「奴隷になったら、もうずっと奴隷ですか?」


「よほどの有力者による開放手続きが無い限り、奴隷のまま生涯を終えることになりますし、生まれてくる子なども奴隷として生きることになります」


「大変そうですね」


 俺はくらい気持ちで溜め息をついた。


 ひどい世界に来てしまった。


 比較的安全だと言われていた森ですら命を落としかけたのに、これから3年も森で狩猟を続けるとか・・もう、絶望しかない。


「それでは、あなたの識別紋章を登録します。1階に登録器がありますのでついて来て下さい」


「はい」


 講義室を出て廊下を歩きながら、ちらと天井の照明を見上げる。ネオン管のような細い管が天井に這わせてあり、ぼんやりとした光を放っていた。


「明かり・・蝋燭ろうそくとかじゃないんですね」


「魔光虫の光糸を使った照明器具です。ああいう器具に使う素材なども、狩猟者の方々に依頼をして採ってきて貰うんですよ」


「ふうん・・」


 ちょっと暗いが文字を読めるくらいには明るい。


「流人の方達は、神々の加護を得ていると聴きますが、あなたは何か加護を貰いましたか?」


「う~ん、なんか、貰い損なったみたいなんですよねぇ・・そもそも、俺は神様の手違いで送られたらしいです」


「手違い・・いえ、それだと・・がんばってね」


 そっと眼をらすようにして、おばさんが早足に階段を降りていく。

 思いっきり同情されたらしい。


 まあ、森の端っこで草むしりくらいなら出来る技能はあるし、一々お金を取られるが、便利そうな魔法も使える。無理さえしなければ、町に住むことにこだわらなくても生きていけるのかもしれない。


(友達が居るわけじゃないし・・)


 他の流人は、他校の人間ばかりだ。日本から来た高校生という点では親近感はあるけど、だからといって一緒に行動したくなるほどの仲間意識は無い。


「町の決まり事って、町の外だと関係無いんですよね?」


 俺は天井の明かりを眺めながら訊いてみた。


「聖紋には行いの総てが記録されます。悪い行いは、必ず露見しますよ?」


「例えば、森で魔物に向かって矢を放ったのに、向こうに居た別の人に当たって死んでしまったら? 殺人になるんですか?」


「それは司法神のご判断になります」


「・・何か報せがあるんですか?」


「教会にある功罪の天秤器なら詳しく調べられます。ただ、一般的には衛兵の詰め所や宿屋などにある識別器に触れて貰うことで罪人かどうかの判別ができます」


 DNA鑑定どころでは無い。なんだか、凄いシステムだ。

 裁きの基準がよく分からないのが不安だが・・。


「では、聖紋の登録を行いましょう」


 おばさんが1階のカウンター奥から、車輪付きの台座に載せた箱を運んできた。

 血圧測定器のような形だ。腕を入れるような筒がある。


「聖紋がある方の手を入れてね」


 促されて、俺は右手と左手を交互に眺めた。どっちだか判らない。

 とりあえず、見える範囲には無さそうだけど・・。


「あら・・そう言えば見当たらないわね? 滅多に無いんだけど・・足とか?」


 そう言われて足を見る。足の裏まで見て貰ったが、それらしい紋は発見できなかった。


(まさか・・?)


 俺は後ろを向いて、ほぼき出しの尻を見た。


(・・・・そんな事が?)


 ふんどしで包まれた股間の辺りへ視線を彷徨さまよわせる。おばさんの視線もそこのふくらみへ注がれた。


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