第1章

第1話 ここ、何処だ?



 ・・ここは何処ドコ


 恐らく、この場に居合いあわせた誰もが同じように思った事だろう。


 樹木が生い茂った林だか、森だかの中・・。


 ぽっかりと空き地のようになった場所には、苔生こけむした石壁の残骸・・。


 そこに、36人の男女が座っていた。教師らしい30前後の女、運転手のような制服の初老の男、添乗員らしい20代半ばの女性、残りは学生だろう。男子はグレーのズボンに白いシャツ、青いネクタイに紺色のブレザー。女子はチェック柄のスカートに白いシャツ、青いリボンに紺色のブレザーを着ていた。


 皆、座ったまま、ぽかんとした顔で周囲を見回している。

 ちょうど、座席に座った姿勢そのままに、地面に尻餅をついた形である。周囲には、大量のスーツケースやボストンバッグが折り重なるようにして転がっていた。



「・・バスは?」


 誰かが、ぽつんと呟いた。


 その時、鳥が甲高い鳴き声をあげて飛び立っていった。


「な、なんだ、これ・・」


 運転手らしい初老の男が立ち上がって周囲の木々へ眼を向ける。


「あっ・・」


 添乗員の女性が声をあげて指さした。

 

 何も無かったはずの地面に、いきなり人間がいて出たのだ。光った訳でも、音が鳴った訳でも無い。ただ湧いた。フッ・・・と音も無く人が現れた。

 うつぶせに眠っているような姿勢で・・。


 地面の上、50センチほどの高さである。


「ぐっ・・」


 受け身も何もなく、まともに顔面から胸部、腹部と地面に打ちつけて苦鳴を漏らした。

 年の頃は、他の学生達と同じか少し下か。

 小柄で細い。

 ただ、着ている衣服は制服では無く道着だった。白い道着に黒い袴という恰好で運動靴を履いて、左手にはナイロン地のスポーツバッグを握っていた。


「・・ったぁ・・なんだってんだ」


 痛みをこらえながらうめいた声は少年のものだ。ただ、鼻を押さえながら周囲へ向けた顔は、ちょっと息を呑むくらいの綺麗に整った女のような顔だった。


「は・・?」


 道着姿の少年だか少女だか不明な人物が、そこに居る30人以上の学生達を前に硬直した。


「いや・・」


 きょろきょろと周囲を眺め回し、


「ここ、どこです?」


 訊ねる声音は、やはり少年のものだった。


「・・お前は何だ? どっから出やがった?」


 運転手の男が声を荒げた。理解し難い出来事を目の当たりにして苛立いらだっているらしい。


「どこって・・ここだろ」


 道着姿の少年が自分が落ちた場所を指さした。


「ふっ、ふざけるなっ!」


 初老の運転手が声をあげてつかみかからんばかりに歩き出した。


 その時、



 ギィア・・ギィア・・ギィア・・ケクケクケクケク・・・・



 奇妙な鳴き声が辺りに響き渡った。



「と、とにかく、どこか・・その建物の物陰に行きましょう」


 教師の女性が生徒達に声をかけた。


「みんな荷物を・・ああ、持てるだけのもので良いわ。とにかく、中に・・」


 携帯を取りだしながら生徒達に指示をして、女教師が携帯を操作しようと画面を見る。


「・・電池が切れてる?」


 真っ暗なままの画面を見ながら電源ボタンを長押ししたりするが、


「僕のも電源が入りません」


 眼鏡を掛けた男子生徒が女教師に向かって言った。


「私のも・・」


「嘘でしょぉ・・壊れちゃったの?」


 画面が消えたままの携帯を振っている生徒も居る。



「・・あ、俺のも消えてる」


 道着姿の少年も呟いていた。


 ここまで来ると、妙な焦燥しょうそう感・・恐怖感が漂い始めた。



 キョキョキョキョ・・



 不意の鳴き声がやけに近く聞こえて、だらだら歩いていた生徒達が自然と駆け足になって、苔生こけむした石壁の残骸に身を寄せる。



「ええと・・俺、港上山高校の2年だけど・・修学旅行?」


 道着姿の少年が近くにいた男子生徒に声を掛ける。


「二条松高校2年だ。バスで大蔵浜のキャンプ場に向かってた」


 答えたのは、坊主頭をした大柄な生徒だった。野球か何かやってそうだ。


「キャンプ?」


「林間学校さ。うちは、まだやってんだ」


「ふうん・・」


「おまえ、男?」


「うん」


 道着姿の少年が、道着の胸元をくつろげて胸元をさらした。


「・・女に間違われるだろ?」


「いつものことだ。髪も短くしてんだけどな・・」


 道着姿の少年がぶつぶつと言っている。


「おまえ、部活か何か?」


「合気道・・で、終わって着替えようとしたら、ここ」


「俺達はバスで移動してたら、いきなり」


「ありえんね」


 道着姿の少年が嘆息した。


 夢・・という感じがしない。夢であって欲しいのだが・・。


「ありえねぇよ、こんなの・・携帯使えねぇじゃん、どうすんだこれ?」


 坊主頭が投げやりに言って、他の生徒達の様子を見回す。



「あ・・あっ、電源入った!」


 女生徒の1人が声をあげた。


「あ、こっちも・・」


「俺も」


 次々に喜ぶ声があがる。



 しかし、



「あれ? これなに?」


 全員が自分の携帯を手にしたまま固まった。


「属性を選びなさい?」


 誰かが口に出して読み上げた。


 携帯の画面がブラックアウトして、白字で"属性を選びなさい"とだけ表示されているのだ。


 属性という文字だけ赤色の太字になっていて、文字をタップすると、次の選択肢が現れた。




 ***



 1.幼女


 2.少女


 3.熟女


 4.老婆


 5.死体



 ***




 道着姿の少年の眉間に青筋が浮いた。


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