6カ所目 髪の毛

眠い。

昨日、特に遅く寝たわけでもないが、何故だか眠い。

今は昼休み。午後の仕事に支障が出るのも問題だから、少し昼寝でもするかと、机にうつ伏せになって目を閉じる。


「・・・あれは」


顔を伏せてしばらくたって夢の世界に潜っていた頃、私はまだうとうとしつつも、ふ、とした声に気付いた。


「郁乃か。珍しいな、昼寝なんて」


低くて渋いダンディな声。間違いない。顔を見ずとも私は察する。

上司である渡邉だ。

既婚者でありながら、女子からの人気を集めるクールな、格好いいオジサン、といったところだ。これぞ大人の男性といった感じで、私も尊敬している。起きていたならば、一緒に会話をするところだが、今は眠気の方が強い。このままうつ伏せのままでいかせてもら─。


「いつも、頑張ってるな」

「~~~~んぐっ・・・!?」


不意。

眠気が一気に飛んでいってしまうような、強烈な刺激。

思わず声が漏れそうになるほどの、絶妙な加減。

彼は私の頭を撫でてきた。


「・・・んふっ・・・」


髪の毛。

神経は通らずとも、人に触られたらはっきりとその感触は分かる。

つまりは必然的に、そこを触られたらヤバい日だって存在する、というわけだ。


「・・・これからも、頑張れよ」

「~~~~っっ!!」


あひっ・・・。

子供、じゃないんだ・・・。私だってもう立派な大人・・・。

だから、ティーンネンジャーが喜ぶような、頭を撫でられる行為など、取るに足らないことなんだよ・・・いつもなら。


「んっ・・・んんっ・・・」


彼は、私の毛が茂っている部分を、手で右へ左へと優しく愛撫なでる。

痛くないように、気持ちよく、ゆっくりと、丁寧に。


「・・・ん、・・・んあ・・・」


声が・・・っ。

ここで起きていることがバレたら、何だか気まずくなる・・・。何としても誤魔化さないと・・・。でも・・・。この人、上手・・・っ・・・。


びくんっ、びくんっ、と動きそうになる体を必死でこらえ、私は声を噛み殺す。

あ、でも、その・・・気持ち・・・っ・・・いい・・・。


「~~~~~~っっっ」


止めて・・・っ。

これ以上、私の毛をこすって刺激され続けると・・・イっちゃうから・・・!!


「な、郁乃」

「・・・はぁ、はぁ、んあ・・・」


あ、だめ、もう、これは・・・。


「・・・もう勘弁してくれっ!!」


私はがばっと跳ね起きる。

はぁ、はぁ、と息を荒くしながら、顔を真っ赤にさせながら、汗で顔が照りながら。


「・・・おっと、びっくりした・・・。何だ、郁乃、起こしちゃったか。悪いな、邪魔しちゃって」


彼は申し訳なさそうに、私の元を去ろうとする。


「ま、待ってくれ!!」

「ん?」


私の声は無意識に飛び出して、彼を呼び止めていた。


「・・・そ、その・・・あ、あと、一回だけでいいから・・・」

「うん?」

「あと一回、触ってくれないか・・・っ!?」

「触るって・・・」

髪の毛アソコを!」

「はぁ?」

「あ、いや、髪を・・・」

「あぁ、髪か。もう一度撫でればいいのか?」

「あ、あぁ・・・」


どうかしているぞ、私は。

せっかく彼自ら退いてくれたのだ。それなのに、またヤってほしいなんて。

もう一度、私の毛を、恐らくは興奮して(汗で)濡れている毛を、布などの遮るものがなく直接に、しかも異性に、あまつさえ私自ら、優しく優しくこすってほしいだなんて・・・。


「分かった」


しかし、彼の手が近づくのを、私は一切拒もうとしない。


「よしよし」

「ああぁ~・・・!」


私はためらい無く、声を漏らす。いや、ためらいというより、どうしようもなく。


「は、はひぃ・・・」


気持ちがいい。

私の今の顔はきっと、最高に緩んでいる。


「・・・何だ、いつも真面目そうな顔をしているのに、そんなにやけた顔をして」

「だ、だって・・・ぇ・・・」

「かわいいところもあるじゃないか、郁乃」


・・・結論。

頭を撫でられるのは、いくつになっても女の子は嬉しい。


《つづく》

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