第85話


 ドラゴンの吐く炎は瞬く間に飛んできた地面を打ち砕いた。土や気の毒な兵士達がパラパラと音を立てて落ちていく。ドラゴンはその場で立ち止まりもう一度咆哮をあげた。長い首を大きく回し、迫りくるバルログめがけて飛んでいく。


「スターク?! 一体どこにいる?!」


「ここじゃよここ。お前さんの隣」


「は? 隣って――」


 彼の言う通りウールとレオに並ぶようにスタークを乗せた馬が走っていた。しかし馬を操っているのは彼ではなくメアリスだった。ウール達は驚き、セドは「生きてたか!!」と笑い飛ばした。


「あの程度で私とこいつが死ぬわけないじゃない」


「ん? 貴様そんな喋り方だったか? というか雰囲気も見ないうちに変わったか?」


「あーセドや。それも含めてじゃが色々話したいことが山積みなんじゃ。すごいぞ、度肝を抜かれるぞ?」


 スタークは試すようにニヤニヤ笑う。が、それを打ち消すように後方から轟音が響き彼らは後ろを見る。


 そこにはドラゴンとバルログの戦っている姿があった。といっても距離を保ったまま飛ぶドラゴンが蒼炎を吐いてバルログは怒り狂った様子で耐えている一方的な状況だ。


「すごい……。あれってスタークさんのドラゴンですか?!」


 ドラゴンのかっこよさについ目を輝かせるレオ。スタークは「わしのドラゴンかっこいいじゃろ? 名をエンペラーブルードラゴンというのじゃ」と調子よさげに笑う。だがすぐに肩を落として声のトーンをさげた。


「じゃがのう……。あのドラゴンは本物ではなく魔法で作りだした存在なのじゃ」


「どういうことです?」


「つまりじゃな、わしの魔力に依存する。そして最近前より年を感じての、そこにこの前の迷宮探索が重なったのじゃ。じゃから――」


 その後を彼が言わなくてもレオはドラゴンとバルログの戦いの様子を見て理解できた。


 ドラゴンは突然、炎を吐くのをやめ何もされていないのに叩き落とされた蝶のようにふらふらと落ちていく。すかさずバルログは両手を合わせてドラゴンの体を上から叩き潰した。


 打ち付けられたドラゴンは短い悲鳴をあげる。しかしバルログは容赦なく二度、三度と叩き続ける。やがて首と尻尾を両手で握り、思いきり体を引きちぎろうとした。


 レオは見てられないと目をそらす。


「わしのドラゴンはもう力が無い。じゃからといって最後まで抗わないドラゴンではない」


 その言葉を聞きハッとしたレオはもう一度目をドラゴンへと向けた。


「あ……」


 ドラゴンはバルログの腕を噛んだまま炎を吐いていた。バルログは唸り声をあげているがまだ体を引きちぎろうと必死だ。互いに一歩も譲らない、そして――


「グウオオオオオオオオ!!!!」


 ドラゴンの体が最後の輝きを放つように青く光る。しおれた花のように倒れていた羽も輝きを取り戻し、力強く羽ばたいた。


 やがて、ドラゴンの体が光に包まれた。その姿を目に焼き付けるようにウール達は見守り続ける。


 するとバルログが痛みに悶えながら腕を無茶苦茶に振った。ドラゴンの顎が腕から離れた。ドラゴンは口に蒼炎の残り火を漏らしたまま地に落ちていく。


 そしてドラゴンは力尽きた。


 役目を終えたドラゴンの体が青い光の粒へと変化する。それは儚くも空の彼方へと消えていった。


「ご苦労じゃったのう」


 感傷に浸るスタークだがそうする余裕は全くない。傷を負ったバルログはやっとの思いで追いついたヘンリーによって魔法陣の中へと戻されていくが、残った敵兵達は懲りずにウール達を追撃していたのだ。


 ウール達は目の前で消えた命の息吹を胸に撤退を続けた。





 その後、兵士達の追撃を振り切ったウール達はイーラによる大虐殺が行われた『灰黒い城アッシュ・キャッスル』へと落ち延びた。


 本来ならば一週間ほどかかる城への道のりをたった数日で行った。そのためか反体制軍との距離はかなり開け数日ほどの猶予が生まれていた。


 しかし状況がよくないのに変わりない。その打開のために何か策を捻りださなければならないが、それはメアリスとスタークの予期せぬ帰還によって解決しそうだった。


「まったく、なんであのおもちゃが敵に渡っておるのじゃ」


 血の痕がまだ生々しく残る城の大広間。そこにウール達はメアリスの提案で集まっており、イーラは着いて早々さっそく愚痴をこぼした。


「おもちゃじゃないぞ。あれはわしらの最高傑作じゃ」


 スタークがそう主張するとセドも大きく頷き、あろうことかウールさえも似たような反応をみせる。


 バルログはまだウールが力を持っていた頃、ウールとセド、そしてスタークの三人が半ば悪ノリで始めた『最強魔獣計画』により生み出されたはた迷惑な魔獣だ。


 三人はコンセプトからデザインまで来る日も来る日も頭を突き合わして考え、それが完成すると何体かの魔獣と操れていない野良の魔物を混ぜ合わせた。


 そして生まれたのが『バルログ・フレイムダハートロード』だ。


 ちなみに名前の由来がまともにあるのは『バルログ』という部分だけであり、残りの部分は三人がそれぞれ語感でつけただけである。深い意味は特に無い。


「第一形態のあの暴力性と容赦なさ。そして第二形態へ変化すると凶暴性は知性へと変化し、力を華麗に行使する。さらに翼も生え魔法も行使できるようになる。まさに無双の存在じゃな」


「まさしく俺達の最高傑作だな! なあウール!」


「ああ、実にギミック盛りだくさんの素晴らしい魔獣――」


「阿呆かおぬしら!!!!」


 三人は揃ってイーラに注意を受けながらパイプで頭をコツンと叩かれた。


「セドさんは何となく分かるんですが、ウールがあんなだなんて意外だったなあ……」


「あの三人は『イタい三馬鹿』ってたまに言われてましたからねえ……。最近はあまりなかったのですが、いやまさかこんな形で久しぶりに見るとは」


 ベルムが失笑する中、イーラはずっと三馬鹿相手に説教をしている。そんな半ば暴走気味の彼女をホーナーとリリーが必死になだめている。あまりの馬鹿らしさにレオをはじめ、集められた人間達はポカンとしたままその光景を眺めていた。


「もういい?」


 聞き飽きたメアリスが訊ねるとイーラは大きなため息をついて説教を止める。そして気を取り直したウールは「いいぞ」とまるでさっきまでのことが他人事だったように言った。


「ここに集まってもらったのはある人に会わせるためなの」


「そうか、だがその前に聞きたいことがある。メアリス、何でそんなにも雰囲気が変わったのだ? 見た目はそうでもないようだが……」


 誰もが気になっていた事だ。聞いたウールだけでなくその場にいた全員が頷く。


「あの地下迷宮がかつての私の記憶を呼び起こす場所だったの。色々言いたいことはあるけど端的に言うとそんな感じ。ま、詳しくはを呼んで話をしてからね」


 するとメアリスはスタークに黒の手記を渡すよう言った。スタークはウキウキした様子で手記の入った袋を渡す。


「メアリス、お前のいう彼とは一体誰だ?」


「先代魔王。ウール、あなたのお父さんよ」


 衝撃が走る。スタークは既に知っていたのか急かすようにそわそわしている。


「馬鹿な! 先代魔王じゃと?! おぬしのでたらめじゃないじゃろうな?!」


「事実よ。だって私はかつて彼と一緒に『災王』討伐に行った一人よ? それにこの手記の中には彼の魂が眠っているの。といっても一日話せたらいい方でね、ウールが魔王として君臨するようになってから召喚するよう彼自身に言われてるの。本当の過去と彼の思いを伝える為にね」


「なんじゃ……。おぬしは何を言っておるのじゃ……」


 頭をかかえて混乱するイーラをリリーが支える。それをよそにウールはメアリスの前へと歩み寄る。


「分かった。だが呼ぶ前に聞きたいことがある。それをしたことで私達に利益はあるか? バルログを倒す手段を得られるのか? もしないなら今すぐやめる。時間の無駄だ」


「ある」


「……そうか。ならやってくれ」


 ウールは覚悟を決めるように深呼吸をした。メアリスはウールが準備万端であることを確認すると手記を開いて詠唱を始めた。


 すると何も書かれていないはずのページに文字が浮かび上がった。そこに書かれている内容はこの場で一番知恵のあるスタークでさえ読めないものだった。


「……どう呼べばいいんだっけ?」


「おいメアリス。今なんて――」


「ならこうすれば」


 メアリスはウールを無視してページをパラパラとめくっていく。そして適当なページに目をとめるとフフッと笑い、そこに書かれていた内容を大声で朗読し始めた。


「『僕が彼女達と共に災王討伐に向かってから多分一ヶ月が経った。相変わらず彼女は美しく、そして優しい。魔王である僕にさえそうだ。さすが【銀陽の聖女リンネ】と呼ばれるだけのことはある。恋をしてしまいそうだ。いや、もうしているのかもしれない』」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る