第69話

 ウールの着ているメイド服はスタークが作った。


 変質者としか思えない彼の発言に辺り一帯が凍りつく。彼に向けられた視線は冷たく、もし彼の立場にいれば誰でもこの場から今すぐ立ち去りたい衝動に駆られるに違いない。それほどまでに気まずいものだった。


「あなたはそんな趣味をお持ちだったのですか……」


「視界に入れたくないほど気持ち悪いのう」


「すまないスターク、擁護してやりたいところだが言葉が見つからん」


「なんかわし勘違いされてない? というかお前さんら辛辣すぎない?」


 余裕しゃくしゃくだった彼も早めに手を打たねばと思ったのかオホン! と大きな咳払いをし説明をはじめる。


 服従魔法。


 これがメイド服にかけられた魔法だ。彼が城にいた頃に行った様々な実験の成果の一つであり、そしてウールが今のような状態になった原因でもある。


 彼が言うには厄介な魔法で、その服を着た状態で誰かに触れるとその者を主としてあがめるようになる。さらにはその者のために身を捧げ命を捨ててもいいと思わせてしまう。


「実にくだらぬ魔法じゃ。おぬしは暇だったのか? で、なぜメイド服なんぞにそんな魔法をかけた?」


「服従にはピッタリじゃろ?」


「……発言には気をつけた方がよいぞ」


 スタークは誤魔化すかのように笑う。一方でベルムとリリーは合点がいったように互いを見ていた。それに気づいたホーナーが二人に訊ね、こうなった経緯を彼らは説明した。


 すると長老たちは揃ってリリーは相変わらずだといったような目をした。彼女はその視線を一身に受け申し訳なさそうに体を小さくさせる。


「じゃがおかしいのう。昔のことであるから曖昧なのじゃが、たしかこの魔法は不完全なはずじゃ。じゃからそこまで効果を持ってはおらぬはず……」


 彼が城に住み込んでいたのはおよそ15年前。当時の彼は彼自身が言うには「めちゃくちゃ優秀じゃが今のわしには劣る」そうで、この服従魔法もそんな未熟(?)な彼を証明するものの一つだという。


「ではなぜこうも見事に効果を発揮しているんです?」


「う~む……。やはり劣っていたというのはわしの思い違いでやっぱわしは当時から天才――」


 イーラが地面に穴が空いてしまうのではと思えるほど勢いよく彼の足を踏みつけた。スタークは「んん゛!!」と片足でピョンピョン飛びながら言葉を続けようとする。(よくそれだけですんだな)とベルム達は驚きのまなざしをしていた。


「ま、とにかくわしの魔法以外の何らかの要因が働いとるんじゃろう、そうとしか思えんわい。皆、それが何だといった顔をしておるな。では推論じゃが答えよう。恐らくはウール自身の気持ち、つまり感情や精神のような不確かな要因が関係しておると考えられるんじゃよ」


 スタークが分かるだろといわんばかりに見渡すが誰もピンときていない。するとリリーが「つまりどういうことだ?」と恐る恐る訊ねた。


「あーつまりじゃな、ウールはお前さんに対して特別な感情を持っておるんじゃろう。それが恋なのか愛なのか、あるいは奉仕か服従か、どういったものかまではウール自身に聞いてみんと分からん。じゃがかなりの好意を寄せておるのは間違いない。そうでないと説明がつかん」


 分かってくれたか確かめるようにスタークは彼らを見渡すが誰も理解していなかった。いや、薄々気づいてはいただろうが信じられなかったのだろう。だが後ろの方で聞いていたクレアが乙女の顔をしながら恐る恐る手をあげたことでそれは確信へと変化する。


「つまりウールちゃんとリリーはお互いに好きってこと?」


「お見事、そこのお嬢さんの言う通りじゃ」


 スタークは調子よさげにクレアを指さしたまま笑う。それを合図に人も魔族もざわつき、リリーは頭から煙が出そうなほど顔を赤くしたままウールを見た。


 ウールは恥ずかしさのあまりうつむいたまま顔を赤くしている。それを見て居ても立っても居られなくなったリリーは、意味もなくその場をグルグル歩き回りながら顔を手であおぎだした。


 すると群衆から二人を祝福するような声があがった。それは次第に大きくなり魔族も人間も関係なく声をあげる。だがイーラが手をパン!! と鳴らしたことで一気にその場は静まり返った。


「色恋沙汰は後じゃ。それよりお嬢がこの状態のままだと色々不都合じゃ。スターク、どうすれば治る?」


「服を脱がせば万事解決じゃよ」


 イーラはよほどこの馬鹿騒ぎをさっさと終わらせたいのか、公衆の面前だというのにウールに近づくと強引に服に触れた。だがシャーロットを襲ったのと同じ魔法が襲う。慌てて離れた彼女は「なんじゃこのめんどくさい防御魔法は?!」と痺れる手を抑えながら文句を垂れ流す。


「昔のわしはぬかりなかったんじゃのう。いや感心感心」


「阿呆!! 感心しとる場合か!! おぬしがやったことじゃろう、さっさと解除せんか!」


 スタークが注意深く指先でウールに触れると彼にも魔法が襲い掛かる。彼は少し苦しそうな声をもらすだけだけで何ともない様子だ。彼は指先を見つめたままリリーに触るよう言った。


 リリーは一瞬戸惑ったが意を決して触る。するとどういうわけか魔法が一切発動しなかった。ボタンなどどこを触ってもなんともない。イーラ達がようやくこの騒ぎが落ち着くだろうと安堵しているとベルムが何か言いたげに手をあげた。


「あの~……解決しそうなのが分かったのはいいのですが、ここで脱がすのはまずいですよ?」


 イーラはしまったといった顔で辺りを見渡すと、何事もなかったかのように「うむ」と頷く。そして誤魔化すようにベルム達にテキパキと指示を出していった。





 ベルムがセドとホーナー、そして魔族達に王都を案内している一方。ウール達はリチャードに連れられて会議をする場所となっていた建物に向かった。


 そこの二階にある一室を借りてウールは着替えることになった。リリーが着替えの手伝いをし、イーラは不測の事態に備えて部屋の中で待機。そしてこうなった原因であるスタークは部屋の外で待機していた。


「ごめんなさい……。私のせいでこんなことに」


 ウールは罪の意識に苛まれうつむき加減になっていた。これは今に始まったことでなくここに来るまでの間ずっとでその度にリリーが慰めていた。


「そうじゃ。もとはと言えば外におる阿呆がしでかしたことじゃ」


 外からスタークの大きなくしゃみが聞こえてくる。そんな彼にイーラが悪態をつくとウールが暗い顔のまま「あまり彼を責めないで」と懇願した。彼女は困惑しながらもスタークの魔法を心の中で感心していた。


 それからしばらくしてようやくウールはメイド服を脱ぐことができた。だが下着姿のままでこれといった変化はみられない。


「お嬢、具合はどうじゃ?」


「別に……何ともないわ」


 いよいよ困り果てたイーラは部屋の外に出ようとした。するとウールが「寒いです、ご主人様」と不意にリリーに抱きついた。


 柔らかく、思わず力が抜けてしまいそうなほどのウールの肌の感触をこれでもかとリリーは感じてしまう。しかも突然のことだったので彼女はだらしない顔をしたままへなへなと床に座り込んだ。


「……見ておれんわ」


 イーラはそう言い残して部屋を出た。そして退屈そうにしていたスタークに「脱がしてもダメじゃったぞ」と伝えると彼は自画自賛の言葉を口にしようとした。だが彼女によってすぐに防がれる。


「ひとまずわしは城にでも行って解除の方法でも探してくるわい」


「どれくらいかかりそうじゃ?」


「知らんわい。じゃがまあ、一週間以内にはどうにかできると思うぞ。ん? イーラや、遅いといいたげじゃな? じゃったらお前さんがやってみればよかろう。ほれ、お前さんもたしか洗脳の類の魔法が使えたじゃろう?」


「わらわのは少し違う。それにお嬢がどの程度の魔法に耐えれるか分からぬ今、わらわの魔法で精神汚染でもすればそれこそ手が付けられなくなるぞ」


「慎重じゃのう。お前さんぐらいのがそんなヘマをするとは思えんのじゃが。まあいいわい、とりあえずわしは城に向かうとしてお前さんはどうする? わしの手伝いでもするか?」


「そうしたいところじゃがリリーからこれまでの話を聞いておきたい。少しでも早く現状を把握し対応を考えたいからのう」


 あいわかったとスタークはのんびりとした足取りでイーラの前を去り、彼女も部屋の中へと入って行った。

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