第57話
「姫! 武器は持っているか?」
「ええ! といっても護身用のだけど」
「十分だ。ちょっと貸してみろ」
ウールはシャーロットから貰うと刀身に炎を付けると、目を丸くして驚いている彼女に押し付けるように返した。すると今度はレオに「これを使え」と自らの剣を強引に渡した。
「剣が折れてしまってるだろ。まあ私が折ったんだが」
「おい待て! それじゃお前はどうやって――」
「私には
ウールは見せつけるように手の上で火球をいじると掴み、それを思いきり放り投げた。火球は猛烈な勢いのまま、おぼつかない足取りでゆっくりとレオに向かっていた騎士に命中する。
騎士は蒸発するように消えた。だがすぐに別の騎士がやって来る。
「クソッ! リリーがいればこんな奴らすぐ片付くのに」
「いない人の事を考えても仕方ないわ! 今はとにかくこの状況をどうにかしないと!」
彼女の威勢のいい声と共にウールとレオは頷く。
状況は絶望的。波のように騎士たちは距離を詰めて来ている。それでも三人は勇気を振り絞り、迫りくるものたちめがけて攻撃を開始した。
♢
玉座の間につながる巨大な廊下。普段ならその壮麗さに誰もが目を奪われる。
だが今はその面影がどこにもない。あちこちに戦いの傷痕が残り、壁や床にはいくつものへこみができ、照明が粉々になって床に落ちていた。
「ゆるさ……なイ……!!」
その戦いは今も続いていた。そして悲惨な爪痕も増える一方だ。
リリーの持つ剣は並みの人間が持てるようなもののはずだった。しかし彼女のおぞましいほどの気迫がそれを遥かに大きく見せている。
振り下ろすだけで突風が吹き荒れ、遅れて芯にまで届くような轟音が轟く。騒ぎを聞きつけて駆けつけてきた兵士達もいたが、リリーとキャロルの戦いの光景を見るや皆尻尾を巻いて逃げ出した。
もはや常人では太刀打ちできないほどになってしまっているリリー。彼女の今の姿はまさに化け物そのもの。しかしキャロルは動じず、どころかまるで彼女が主導権を握っているように立ち振る舞っていた。
「強いのは力だけのようね! その力にさえ飲まれているようだけど!!」
あざ笑うかのように煽り立てるとリリーは憎々しげに歯を食いしばり剣を振り下ろす。だが攻撃は当たらず、キャロルは隙を見逃さず蹴りをリリーの腹へとぶち込んだ。骨のきしむ音が聞こえるとリリーの体が吹き飛ばされ壁に叩きつけられる。
「復讐するために力を得た? そのために人間をやめた? だったら私には勝てない! 決して!! 絶対に!! なぜなら――」
キャロルの言葉をかき消すように叫ぶと壁を蹴って突撃する。
剣を高らかに掲げていた。対してキャロルも剣を構える。一瞬にして二人は互いの間合いに入る。そして互いに剣を振り下ろす瞬間――
「私が正義だから」
キャロルの持つ剣の炎がまばゆいばかりに燃え上がる。まるで何もかもを燃やし尽くすかのように。
そして互いの剣がぶつかり合い、リリーの剣は音を立てながら粉々に砕け散った。
その剣のようにリリーの気迫も消え去っていく。受け入れがたい事実を前にしている彼女にキャロルは容赦なく次の一撃を仕掛ける。
リリーはそれに気づくも反応が遅れ肩を切られてしまった。吹き出す血が辺りに飛び散り、痛みと熱が襲うもそれを堪えながらなんとか距離を取る。
「魔物を一撃で仕留めたというからもっと強いと思っていたわ。でも自分の魔法に飲まれるほど弱いなんて。これなら魔王なんてすぐに殺せそうね」
「ッ?! させナい……まおうさまヲ……ころさせハしな……イ」
「知った事じゃないわ。魔王は諸悪の根源。あらゆる悪意のね。そう、彼女が消えれば悪意を持つ者も減る。ええそうよ、この世にある悪を全て消すのに彼女を生き永らえさせる理由なんてないわ!! あなたも、彼女も、魔族も魔族に協力する人間も!! この世にいるべきではないの!!」
勝ち誇るような笑い声をあげながらキャロルは歩いてリリーに近づく。彼女の持つ剣の炎は更に勢いを増しもはや炎そのものとなっていた。
対してリリーは全身を震わせ、痛む肩を必死に抑えながらボソボソと何かを呟いていた。キャロルは目の前まで来てそれがウールをひたすら呼んでいたことに気づく。
まるで助けを乞うような惨めな姿。しかしキャロルは「無様ね」と鼻で笑い、一切の迷いなく剣を構えた。
「これで終わりよ」
「まお……さま……わたし……は」
剣が振り下ろされる。
だがキャロルの剣がリリーを切り裂くことはなかった。
「なッ?! 往生際の悪い!!」
リリーは両手でキャロルの剣の刀身を捻りつぶすように握りしめていた。体からは鈍い音が絶えず聞こえ、両手からも血が絶え間なくと流れ既に使い物にならないほどにづたづただ。
キャロルは怒りに任せて拳で、足で、リリーを何度も何度も痛めつける。しかしくじけるどころか執念は深まる一方でキャロルは段々と不気味に思い始める。それが表情にも浮かび、あまりの執念に飲まれそうになると彼女は「やめろ!!」とつい頭を振った。
その時だった。リリーは渾身の叫びをあげ剣を砕いた。
そして息つく間も与えず彼女の体を掴むと思いきり放り投げた。
♢
「ああウザったい! 何なんだこいつら! 倒しても倒してもキリがない!!」
「魔王のくせに弱音を吐くなよ!!」
「私はお前と違って魔法で戦ってるんだぞ!! だから余計に疲れるんだ!!」
ウールは言い終えると同時に怒りに任せて二つの火球を投げる。二人の騎士が倒れるもまた補うように別の騎士が現れた。
倒して倒して、また倒す。ひたすら同じことを繰り返しこの時間はもはや永遠に続くのではと三人は思ってしまう。ウールは思わず「ッだあー……」とうんざりするような大きなため息をついてしまった。
「そもそも勇者、お前魔法が使えるんだろ? なぜさっきから使わんのだ?」
「ああ?! 知るか!! さっきのはまぐれなんだ! やり方を知ってるのなら教えてほしいくらいだ!!」
「やり方だと? そんなの簡単だ」
「何?! だったら早く教えてくれ!!」
レオは近くにきた二人の騎士を追い払うように切り捨てウールを見た。
「感覚だ!!」
「そんないいかげんな説明で分かるわけないだろ!! バカか!!」
「バカはそれさえ理解できないお前だ!!」
「俺はバカじゃない!! ちゃんと説明できないお前の方がバカだ!!」
「うっさいバカ!!」
「バカはお前だ!!」
戦いで頭に血が上ってるせいか二人は「バーカ! バーカ!」とあまりにもお粗末な言い争いを繰り返している。それを戦いながら聞いていたシャーロットは頬を膨らませながら近くにいた騎士達をなぎ倒すと、ドン!と床を踏んで二人の方へと振り向いた。
「もう!! 二人ともこんな時に言い争いしないで!! こんなことしてる二人がバカよ!!」
「「分かってる!!!!」」
ウールとレオは息ぴったりに互いの目の前にいた騎士を倒す。シャーロットほんとに分かってるのか聞こうとしたが多分勢いで言ったんだろうなと聞かないことにし戦いに専念する。
それでもなお騎士たちはとどまるところを知らずに増えていく。三人はずっと戦い、そして騎士達のプレッシャーを受け続けているせいか疲労が激しい。
次第に肩で息をするようになり『死』が三人の頭をよぎりだす。そうして互いに背中をくっつけ合った時だった。
突如扉の方から轟音が響く。するとウール達を取り囲んでいた騎士の数が急激に減り、彼らの間から驚いた様子で三人ではなく明後日の方向を驚いた様子で見ていたスペンサーの姿が見えた。
「二人とも! 奴の前にいる騎士を何が何でも倒せ!!」
意図が分からなかった二人だったが迷わず騎士に突っ込んでいく。その間ウールは手を高く掲げ炎を槍へと変えていった。
そして二人が騎士達を倒しウールの目の前が開けた時――
「二人とも伏せろ!!」
掛け声と共に二人はしゃがむ。遅れてスペンサーがウール達に気づいた時には炎の槍が彼めがけて飛んでいた。
「しまッ――」
彼は避けようとしたが反応が遅れてしまう。そして槍が彼の右腕に音を立てながら突き刺さる。
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