第55話
思わず口を開けて見渡してしまうほど広い玉座の間には誰もいなかった。灯りとよべるものは小さな
ひっそりとした空気が漂うその場所に重い石を動かしたような音が響く。直後、扉がゆっくりと開かれた。
「こちらです。さあ早く」
兵士が忍び声が空気の流れる音と共に響く。続けてシャーロット達が辺りを警戒しながら中へと入ってきた。彼らは辺りを警戒しつつ奥へと進む。
が、しんがりをつとめていた兵士が突然、短い悲鳴をあげた。
何事かと思い彼らが一斉に振り向くと――
「ようやく見つけたぞ。お姫様」
彼らの後ろにいた兵士が倒れていた。その先にはウールとリリーがいる。
「ま、魔王?!」
「姫様! 下がってください!」
レオと兵士達がかばうように前に立つ。ウールはそれを見るとリリーに「兵士は任せた。私は勇者をやる」と耳打ちする。
リリーは「承知しました」と言い残し兵士達に向かって走り出した。同時にウールも剣を抜きながらレオにの方へ悠然と歩いて行く。
「久しいな勇者! お前が私に卑怯な夜襲を仕掛けた時以来か? あれから姿を見ないと思っていたが、まさか自信を無くして城にこもっていたとはな」
「黙れ!! そんなんじゃない!! 俺はシャーロット様の護衛としてここにいるんだ!!」
「ほう。ならば勇者を辞めたのか? 元勇者」
「辞めてなどいない!! だから俺はお前を殺す!!」
「お前にできるのか?」
レオは一瞬たじろいでしまう。だが頭を振ると気合いを入れるように叫び、剣を掲げて果敢に突っ込んだ。ウールはそれをあざけるように見守っている。
距離が縮まると互いに剣を振りおろした。
「…………そんな」
たった一振りだけだった。レオが振りぬいたはずの剣は真っ二つに折れ、剣先は宙を舞い、やがて床に音を立てながら落ちた。折れた音はまだ尾を引いたように二人の耳に残っている。
あまりにもあっけない結果に彼は壊れた壁のように絶望しながら崩れ落ちる。すると彼の目と鼻の先にウールの持つ緋色の剣の先が向けられた。
「残念だったな元勇者。貴様は姫と違い利用価値が無いからな。ここで死んでもらう」
「シャーロット様を利用する? 待て! 何をするつもりだ?!!」
「なに、私達のために働いてもらうだけだ」
レオは愕然とした。巨大な槌ついで頭を叩かれたような衝撃を受け、脳裏にシャーロットの姿が目まぐるしく流れる。
そのまま彼はうなだれてしまう。
「……させるか」
耳をよく傾けなければ聞こえないほどの小さな声。ウールが「なんだ?」と聞き返すが直後、すぐに彼女はレオから飛びのき距離を取った。
「させるか」
レオはふらふらと立ち上がる。彼の体からわずかに黄色い稲妻がほとばしる。
彼の目に絶望はもうない。
両手にはしっかりと、たしかに折れたはずの剣が握りしめられていた。
「俺は守るために戦う……。人々を、そしてシャーロット様を!!!!」
ほとばしる稲妻が剣へと流れ込む。やがて折れたはずの部分が形作られ、剣は鈍い灰色と眩いばかりの光を放つ黄色があわさる奇妙なものへと姿を変えた。
「こいつ!? クソッ! 厄介だな!!」
ウールは舌打ちをすると向かってきたレオの攻撃を受け止めた。だが重みが明らかに違う。すぐに全身で感じ取ったのか腕が震えている。
一方レオもがむしゃらなせいか息が荒い。しかも剣を直せたとはいえ力は互角だった。彼もまたウールと同じように苦しい表情を浮かべていた。
ウールは勇ましく叫び彼を払いのける。直後、何度も互いの剣がかち合い、そのたびに炎と稲妻が辺りに散った。
互いに一歩も譲らない攻防。傍から見れば鮮やかとも思えるその光景を二人は楽しむどころか感じる余裕すらもなかった。
「俺は負けない!! 負けるわけにはいかない!!!!」
獣の咆哮とも思えるレオの叫びと共に再びつばぜり合う。ウールは彼の気迫に飲まれたのか少し腰が引けてしまう。
すぐに流れを取り戻そうとするももう遅い。彼の勢いは増すばかりでとどまるところを知らない。
「私もな、ここで死ぬわけにはいかんのだ……。みなのため、共に生きようとする者達のためにも!!!!」
ウールは歯を食いしばると力任せに剣を払いのける。その衝動で体勢が少し崩れた。だがレオの姿勢は依然安定していた。
そして彼がとどめだといわんばかりに剣を高く掲げた瞬間、彼の足はどこからか現れた氷によって固められた。
「なっ?! なんだ!! 動けない?!」
レオはなんとかして動こうと躍起になるが無駄だった。それもそのはず、彼の足はひざまで氷で固められていた。
次第にレオの持つ剣から魔力が消えると「ご無事ですか魔王様?!」と声がした。
レオとウールが声の聞こえた方を振り向くと、リリーがシャーロットを人質に取ったままこちらを見ていた。彼女の足元には兵士達の死体が転がっている。
ウールはリリーに感謝すると汚い言葉を吐いているレオへと近づき剣を向けた――
「やめて!! 彼を殺すなら私を殺しなさい!!」
三人は驚きシャーロットの方を見た。彼女は強いまなざしを向けたままウールを睨みつけている。
だがウールに「こいつの護衛という役目を否定する気か」と諭されてしまい言葉を詰まらせてしまう。
「それにお前を確保するために来たのだからな、死なれては困る」
「だったら舌を噛みきって死ぬわ! それが嫌なら彼を助けなさい!」
シャーロットはそう言うと舌に歯を添える。ウールはいよいよ困ったような様子でレオに向けていた剣を下した。
「強いお姫様だなまったく」
「どうも。それで望みは何? 場合によっては死んでやるわ」
「まあ待て落ち着け、それでは話せるものもおっかなくて話せんだろう」
だがシャーロットは相変わらずキッと睨んだままだ。ウールは困惑したまま近づくと彼女に負けないくらい強いまなざしで言った。
「お前には王都の人々が我々と共に戦ってくれるよう説得してほしい」
シャーロットは一瞬耳を疑った。レオは唖然としていたが「なに馬鹿な事を言っているんだ!!」と動かない足を必死に動かしながら叫んでいる。
そんな彼を無視しウールはシャーロットに返事を求める。だがシャーロットはしばらく無言でウールを見つめたままだ。
やがて彼女は重い腰をあげるようにゆっくりと口を開いた。
「……あなたの考えていることが私には分からない。人間を滅ぼし世界を征服しようとしているのかと思ったけれど、あなたに味方する人々もいる。そして今は危険を犯してまで私にこんな頼み事をしている。私を殺せばいいはずなのに。ねえ、あなたはこんなにも命を張って何をするつもりなの?」
「私はみなと共に生きていられる世界を作る。そのために戦い、世界征服を成し遂げる」
「そのために人間を利用しているのね? そうなんでしょ?」
ウールは否定しようとした。だが伏し目になってしばらく無言になると「……どちらともいえん」と苦しそうに答えた。
「訳が分からないわ! だって皆と言ってもあなたの言う皆って魔族なんでしょ? だったら結局――」
「違う。共に生きようと願うのなら魔族も人間も関係ない。私はただ、種族や過去にいつまでも縛られ、いがみ合うのを止めさせたい。なぜならそれは個人ではどうすることもできない事で…………とても馬鹿で、合理的でないことだから」
シャーロットもレオも驚いたままウールを無言で見ていた。すると二人は考えを訊ねるように自然と互いを見る。
迷いがある。不安がある。静寂に包まれる中、二人は答えを探すようにただただ見つめ合う。
そんな中ウールは焦る気持ちを抑えただ静かに待っていた。
そして数分ほど続いた氷でできた世界のような静けさはシャーロットが口を開いて終わりを告げようとした。
「私は――」
「姫様!! 耳をかしてはなりません」
突如聞こえたシャーロットを諭す低い声。だがそれはレオによるものではなかった。
声は扉の方からだった。ウール達が振り向くとそこにはスペンサーとキャロルが立っていた。
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