第54話

 スペンサーとキャロルは他の部屋と違う意匠の施された作りの扉の前にくると、押し入るように部屋に入った。


 部屋には目を見張るほどの家具が驚くほど整然と置かれている。そして他の家具に見劣らないベッドには、まるで死んでいるかのように眠っているやせ衰えた老人が眠っている。


 その老人の上にある壁には絵画が飾られていた。そこにはスペンサーと同い年ほどの男性が凛々しい表情をしたまま剣を携えてこちらを見ている姿が描かれている。


 濃淡のある赤い羽織りを着て、長い金色の髪ひげは立派に整えられている。眼差しは迷いのない力強い輝きだ。


 勇ましく栄光に満ちたその姿はかつての王を描いたものだ。そしてその王は今、スペンサーの目の前に眠っている。


「王を敵に渡すわけにはいかん。キャロル、手短に行くぞ」


 そう合図を送りスペンサーが王に近づこうとする。瞬間、王はゆっくりと目を覚ました。


「……そなたは誰だ?」


 うつろな目をしたまま訊ねる。スペンサーは「王よ、私です。お忘れになりましたか?」と丁寧に答える。


 だが、その時ふとスペンサーは違和感を覚えた。


 瞬間、王の目が絵画に描かれているものと同じであることに気づく。


「気が戻られましたか?」


 ただただ彼は、ぐらぐらと煮えたぎる怒りをあらわに王を睨んでいた。王はちらりと辺りを見渡しキャロルの姿を見るとゆっくり起き上がる。


「ならばどうする? わしを殺すか?」


「……よりにもよって今目覚めましたか。ですがご心配なく、あなたを殺しはしません」


「ふん、何を血迷ったことを。いいや、血迷っているのは戦争が終わった後わしを魔法で操ってからずっとか」


 スペンサーが額に血管を浮かび上がらせ一歩近づく。


 瞬間、王はカバーを勢いよく彼にかぶせると老人とは思えない身のこなしで飛び起きる。


 そしてスペンサーが声を荒げながらカバーを外している間に王は部屋にかけていた剣を取る。


 王はすぐに剣を抜きスペンサーの方へと振り向いた。だが彼とは違う別の影を横目で捉える。直後、振りかざされた攻撃を剣で受け止めた。


 つんざめくような音。王は腕全体に痺れを覚える。


 が、一切動じない。


「並みの兵士ではないな?」


 王は攻撃を仕掛けた影――キャロルを振り払う。彼女は思いもよらない強さに一瞬たじろぐがすぐさま王の追撃を避ける。


 すると王の持つ剣に彼が何もしていないのに炎が燃え盛る。


「じゃが正気を取り戻したわしにはどうでもよい事。貴様なんぞこの剣で――」


「王よ、あなたはスペンサー殿に歯向かうのか?」


「なんだと?」


 キャロルは無表情のままだ。王は一瞬彼女の圧に驚くがすぐにニヤリと笑い「己を操らんとした輩と手を取り合う気など無いわ!」とつけ放し突っ込んだ。


 決死の一撃。だがキャロルの剣と触れ合う直前、彼女の剣に白い炎が宿った。


 彼が目を見開いた最後、体が宙に浮いていた。首をキャロルの左手で締め上げられ王は乾いたうめき声を漏らす。


「き……、きさま……」


「王よ。スペンサー殿は世を正そうとしている。にもかかわらず逆らう気か?」


「世迷い事を……。わしは魔法で操られていたとはいえ意識はあった。そして奴がこれまで独裁をしておったのは知っておる……。そのような輩が正しいというのか」


「独裁の何が悪い? 力こそ正義、世界を良くするには絶対の力こそ必要だ」


 締め上げる力がさらに強くなる。彼はもはや言葉を発することができなくなっていた。


 キャロルの指に炎がつき彼の首の中へと食い込む。王が血と涎を吐いた。そして彼女は彼を離すと数度切り裂いた。


 血しぶきが辺りに飛び散り家具やキャロルに吹きかかる。キャロルは血濡れた剣を拭いながら振り向いた。


「殺してよかったでしょう?」


「良い、とはいいきれんが仕方あるまい。こうなった以上仕方ない、姫を探すぞ」


「これはどうしておきます?」


「侵入者に殺されたことにしておけ」





 城内は依然として兵士達や給仕の者達が右往左往していた。彼らの慌てふためく声がそこらじゅうに響き渡る中、ウールとリリーは柱に隠れながら様子をうかがっている。


「まさかこうもすぐ見つかるとはな」


「仕方ありません。あればかりは運が無かったとしか」


「ほんと笑ってしまうほど運が無かったな……」


 二人は近くの部屋へと移動するとウールは笑うどころか疲れきった様子で壁にもたれかかる。


 二人の作戦は出だしこそ好調だった。大臣と王、姫がいる場所を数人の兵士から聞き出すことに成功。さらに地図まで手に入れられた。


 そうして意気揚々としていた矢先、通路の角を曲がったところで三十人ほどの兵士にばったり遭遇してしまった。しかも数メートルほどしか離れておらず派手に戦闘をした結果侵入したことがすっかりばれてしまった。


 それは城内に侵入してからわずか五分ほどの出来事だった。


 そうして逃げながら、今に至る。


「どうだリリー」


 扉から外を覗いているリリーからもう少し待つよう合図が送られる。


「くそッ。王の部屋までもう少しだというのに……」


 ウールがじれったそうに地図をいじっているとリリーは今がチャンスだと合図する。二人はすぐに出て角を曲がる。


 が、また再び兵士達とばったり会ってしまう。しかも彼らは走っていたこともあってウールとの距離は手を伸ばせば届くほどしかない。


「なッ?! なんだお前た――」


「なぜ今日に限ってこうも運が無いんだ」


 幸いなことに兵士の数は五人。ウールが目の前の兵士の股間を思いきり蹴り上げる。リリーもすぐさま後ろにいた残りの兵士達を切り捨てた。


 あっけなく戦闘が終了し先に行こうとする。だが股間を抑えたままピクピクしている兵士にとっては不幸なことに、ウールの目に留まってしまった。


「念のためだ」


 ウールは彼の兜を取りそれで彼の頭を思いきり叩いた。


 ガンッ!! と音がするとダメ押しに股間をもう一度蹴り上げる。そうして再起不能になった彼を放っておいて二人は通路の先にある王の部屋へと向かった。


 だが走っている途中、リリーは怪訝そうな表情をしてウールを呼び止める。


「ああ、様子がおかしい」


 扉がもう開いていた。そしてわずかに血の痕もある。


 二人が警戒しながら中に入ると、大量の血が部屋のいたるところにこびりついていた。家具の一部についた血は雫をぽたぽたと垂れている。


 そして床にできた血だまりの上には無残な姿の王が横たわっていた。


「なぜこんなことに……」


 ウールは死体を詳しく見始める。傷痕から見える肉に嫌悪感を示しながら考えを巡らせる。


 ふとウールは彼が手に持っていた剣に気づきそっと撫でる。


 そしてもう一度彼の傷を確認すると、悔しさに満ちた王の目を手でそっと閉じて立ち上がる。


「王はどうやら魔法を使えたようだ。それも今の私くらいかそれ以上のものだ」


「それでこのやられようですか」


「ああ、王の腕がなまっていたか、あるいは……」


「より強力な者がいたと。しかし誰が? 私達以外にも侵入者がいたのでしょうか?」


「いやありえない。それよりもこれは相当厄介だ。下手すると姫まで殺されてしまう。リリー! 犯人探しは後だ、とにかく今は何としても姫を見つけるぞ。どこのどいつか分からんが姫に手を出させるわけにはいかん!」


 リリーがうなずくと二人はすぐに部屋を出た。だが運悪く、ちょうど王の安全を確認しようと駆けつけてきた兵士達と遭遇してしまう。


「そこをどけ!!」


 ウールは先頭の兵士に飛び掛かる。兵士は勢い余って倒れウールはその上に馬乗りになった。


「リリー! 他の奴は殺すな! 情報を聞き出す!」


 リリーが残りの兵士に対応しはじめるとウールは兵士の胸倉をつかみ顔を殴る。


「姫はどこだ?! 部屋にいるのか?!」


「こ、殺そうとしている奴に教えるわけない!!」


「違う! 私達は姫をゆうか――、じゃなくて守るために来た!!」


「何だと?! い、いや! そんなこと信じるか!!」


「ええい! じれったい!!」


 ウールはイライラしながら手をかざすと炎の球体が現れる。そして球体は次第に形を変えていき、短槍たんそうへと変化する。


「時間が惜しいんだ! さっさとこたえ――。いやいい、お前以外の奴から聞くとしよう」


 兵士が何の事だとニヤリと笑うウールの視線の先を見ると、リリーに取り押さえられた兵士達に気づく。


 槍を向けられた兵士はその時自分が用済みだと察した。


「ま、待て!! 教える! 教えるから殺さないでくれ!!」


「ならさっさと答えろ」


「わ、分かった! 姫様は今玉座の間に向かってる!」


「抜け道でもあるのか? まあいい、答えてくれて助かった。だが自分の命かわいさに最優先で守るものを売るとは兵士失格だな」


 瞬間、彼の首を槍が貫く。それを見ていた兵士達は恐怖で固まってしまう。


「こいつらも始末しますか?」


「そこまでしなくていい。気を失わせるくらいにしておけ」


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